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Ⅵ 音の名前②

「失礼ですが、『ノイ』という名前を覚えてはいらっしゃらないでしょうか?」 ノイと同じ目の色 ノイと同じ髪の色 ノイと同じ年頃の少年 あれから、40年以上もたったのだ。 ノイが、あの頃と同じ姿でいる筈がない。 彼は、誰なのだろう? 「ノイを探しています。ご存知ですか」 40年以上、胸の深いところに重石を置いて沈めていた……言葉の封印を解いた。 「私は、ナチスで少佐の役職に就いておりました」 「では、あなたが……」 ノイよりも少し幼い少年は、柔らかに微笑んだ。 「僕の祖父はノイさんに助けられました。 アウシュヴィッツ行きの列車に乗せられた祖父に、自分のヴィザを渡して、ノイさんは祖父を救ってくださいました」 それで…… ノイは私の渡して命のヴィザを持っていなかったのだ。 「戦争が終わり、偶然にも祖父はノイさんと再会しました。 ノイさんは声を失っていましたが、ノイさんの弾くピアノは、まるで心に語りかける音色だったと……祖父から聞きました」 お前は戦争を生き抜いたのだな…… お前はまた、ピアノを弾く事ができたのだな。 ピアノが………お前の声になったのだな。 『聞きました』か……… 「ノイは、もう……」 「収容所での無理がたたって体調を崩し、戦争が終わってから3年後の春に……」 「そうですか」 「あなたを探していました」 ノイと同じ色の目が、私を見つめた。 「これを、あなたに」

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