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第1話
*――*――*――*
ホスト界でも5指に入る有名店『Lumiere 』
フランス語で『光』という名のその店は、夜の暗闇の中で煌びやかに光るまさにそのもの。
開店間際のそんな煌びやかな店内で、数十人のホスト達を前に、オーナーである黎一 と並び立つ眞秀 。
ホスト達からのあからさまな値踏みの視線に、眞秀の口からやれやれと溜息が零れ落ちた。
175㎝と、日本男性平均よりは少し高めの身長に、スタイルの良い細身体型。柔らかそうな茶髪の前髪は少し長めで、毛先の癖をうまく横に流している。
ピンストライプのダークスーツを着た、どこか艶のある色男。
そんな人間が開店前の店にいるとなれば、新人ホストが入ってきたと思うのも無理はない。
黎一と眞秀は幼馴染で親友だ。年齢は共に30歳。そんな歳からホストを始める奴なんていないだろ。眞秀はそう言いたい。だが、美人とも称される顔立ちのせいで、実年齢より下に見られることが多いのだから、やはりこれは誤解されているのだろう。
「勿体ぶらずに早く説明しろよレーイチ。思いっきり誤解されてるんだけど」
隣に立つ男の肩を軽く手の甲で叩くと、何が楽しいのかククッと押し殺したような笑い声が聞こえた。そして、仕方ねぇなとばかりにその唇が開かれる。
「こいつは眞秀。女に貢がせて当たり前のこの見てくれだがプレイヤーじゃない。主に内勤で、人手が足りない時だけはウェイターもやってもらう。」
「余計な一言が入ってるし、ウェイターもやるなんて聞いてないんですけどレーイチさん」
「そりゃそうだろ、今初めて言ったんだから」
「……」
「俺がスーツ貢いでんだから言わなくてもわかるだろ。ただの内勤にそんな恰好させるかよ」
相変わらずの俺様・何様・黎一様。小学校からの幼馴染であり親友。
小さい頃から女にモテまくりでタラシまくっていたかと思いきや、大卒して気付けばナンバーワンホストで、気付けばホストを引退して店のオーナーになっている。
眞秀よりも10㎝弱ほど高い身長に、獰猛にも見える赤髪短髪。
口は悪いわ態度はでかいわ。それなのに人心掌握の術に長けていて、どこにいても何をしていてもいつの間にか心酔者達が集う。
――王様というより魔王だな。と眞秀は思う。
一週間前、いきなりオーダーメイドの質の良いスーツを数着持って現れた時は何事かと思った。
『マホ、お前来週からうちの店で働け。スーツは俺が貢いでやるから安心しろ』
今度は何を言い出したんだ。俺は平穏平和な音楽講師やってるんだけど?そっちの仕事どうするんだよ。
…なーんて当たり前の反論をコイツが聞くはずもない。
一週間たった今日、Lumiereでこうやって紹介されているのが現実だ。
基本的に、酒や料理の提供はバーテンダーや調理スタッフがやるし、清掃関連は新人ホストがやる。だからお前は気楽にやればいい。そう甘く唆されて強引に引っ張られた。
そもそもなんで俺のサイズを知っているんだ…。スーツが怖いくらいに心地良く体にフィットしている。
「先に言っておくが、マホは俺のモノだ。ウザイ絡み方するんじゃねぇぞ」
低くドスのきいた黎一の声に、ホスト達から気合の入った「ハイ!」の声が放たれる。
一体いつ誰が黎一のモノになったのか…。
反論するだけ無駄という事がわかっている眞秀は何も言わなかったが、黎一と親しい間柄だと言っておけば喧嘩を売ってくる奴はいないだろう事を思えば、それは助かる。
大学時代にホストクラブでプレイヤーとしてバイトをしていた事があるけれど、なかなか人間関係がドロドロしていて面倒だった記憶がある。
それらを牽制してくれるなら、多少イラっとする物言いでも甘んじて受け入れるしかない。
「眞秀 です。宜しくお願いします」
内勤なら彼らのライバルにはならないから気楽に行きたい。眞秀がそんな思いで挨拶をすると、それなりに拍手と挨拶が返ってきた。
店にとってホストの存在は一番重要だが、内勤も彼らを支えるための重要な仕事だ。それがわかっているのだろう、最初よりは比較的好意的な空気が漂う。
「貴祥 とチカは同伴か」
「はい。お二人とも1時間半ほど遅くなるそうです!」
中堅っぽいホストが声を張ってハキハキと答えている。ホストって夜の商売なのに上下関係は体育会系なんだよなー…。
「今日も気合入れていけよ」
黎一の発破に一斉に小気味良い返事が発せられ、それぞれ持ち場へと散っていく。
眞秀は事務室へ連れていかれ、早速仕事にとりかかる事となった。
内勤の仕事は多岐にわたる。売上計算や会計は勿論の事、ホームページ更新から在籍ホストメニュー更新。電話対応や、常に出している人材募集への応募対応。ホストのお世話係でもある。おまけに、店でのヘルプが足りない時は出てくれとまで言われた。
……さっきはウェイターって言ってたのに、さりげなくヘルプになってるぞオイ。
ふざけるなと睨んでもどこ吹く風の黎一は、じゃあ頼んだの一言と共に事務室を出て行ってしまった。今からもう一つの店舗にも顔を出しに行くとか。
数年前の事とはいえ、ホスト経験があるからヘルプに入る事はできる。できるが、やりたくはない。
目の前のパソコンを弄りながら、なんでこうなった…と深い溜息がこぼれ出る。
今度客として店に来て、アイツのツケで黒ドン(黒ラベルのドンペリ)入れてやる。
そんな決意を胸にマウスをカチカチと操作していると、いきなり事務所の扉が開いた。
「あのっ、すみません!」
顔を覗かせていたのは、まだ不慣れそうな新人っぽいホスト。
パソコンのディスプレイに向けていた目線をチラリとホスト君へ向け、「ん?」と僅かに首を傾げる。途端に、新人ホスト君の頬が赤く染まった。
なに、どうした。
思わぬ反応に眞秀が目を瞬かせていると、何故か上擦った声で
「あの、えっと、琉人 さんが痛客に潰されて控室で死んでるので、眞秀さんに様子を見ててもらった方がいいと思って!」
口早にそんな事を伝えてきた。
痛客はどこにでもいるが、つかまると本当に厄介だ。まだ開店してから1時間ほどしか経ってないのに潰されたという事は、それ目的でわざと浴びるように酒を飲まされたのだろう。
「わかった。様子を見てくるよ」
「すみません!よろしくお願いしまっす!」
顔を赤くしたまま深々と頭を下げた新人ホスト君は、慌てるように店へ戻って行った。
今日から働き始めたっていう立場なのにここまでへりくだたれると、さすがに申し訳なくなる。黎一効果凄いな。
…さてどうしようか…。控室にいるという事は、すでにもうトイレで吐いた後だろう。
暫し状況を整理した眞秀は、椅子から立ち上がるとまずは調理場へと足を向けた。
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