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第64話
その日の夜。
夕飯の準備をしようとしていた真郷は、ソファーに座る琳太朗の手をとりそっと話し始めた。
「なぁ琳太朗。少しで良い……一緒に料理しないか?」
「え……でも、俺」
「後ろから俺が支える。前みたいに、琳太朗の手を支えてさ」
琳太朗ははっと息を飲んだ。
目も耳も上手く使えなかった時期に、琳太朗の後ろから身体を触れ合わせて食器を洗っていた記憶が蘇る。
あの触れ合いは確かに安心するものだった。
「うん。やってみる……真郷、立たせて」
「ありがとう。ほら、手出して?」
真郷の手を目標に、琳太朗は必死に手を伸ばす。
グッと引き寄せられて、気付けば琳太朗は立ち上がっていた。
そのままゆっくりとキッチンに近づき、流しの前まで行くと背後に真郷が回る。
「手洗うから、腕捲るな」
「……っ、はい、お願いします」
耳元で聞こえる真郷の声。
その近さに驚き、一瞬言葉に詰まってしまった。
以前は耳元で丁度良く聞こえていたのだが、今は近くに感じ過ぎてしまう。
どくどくと早くなる鼓動を感じながら、琳太朗は真郷に身を任せた。
「はい、じゃあタオルで拭いて……うん、OK。少し横に動くよ?」
動く前に一つ一つ言葉にしてくれるのだが、どうもその響きがくすぐったい。
再び顔に熱が集まるのを感じ、小さく唸ってしまう。
「前より聞こえるから、変な感じ?」
くつくつと笑いながら尋ねる真郷。
おそらく確信しているだろうに、質問にしてくるのが憎いと琳太朗は唇を噛む。
不意に耳たぶに感じる、柔らかな熱。
琳太朗はびくりと身体を震わせるが、その熱には覚えがあった。
振り返り、キッと真郷を見つめる。
「いじわる……」
「ごめんごめん。あんまりにも可愛いから、つい」
「料理中はやめてよ? 怪我したくないし、させたくない」
「うん、ごめんね」
そう言いながら後頭部にキスをする真郷。
唇を触れさせるのはこれまで、と切り替えて料理に向かう。
背中にじわりと感じる熱は、きっと真郷の体温だ。
そう思いながら、琳太朗は目の前で動く自分の手と真郷の手を見ている。
しばらくすると、上から手を押さえられる時の圧力や体温を感じ始める。
「こうかな……」と呟きながら、琳太朗は記憶を頼りに手に力をかける。
「あ、出来た」
「感覚取り戻してきた?」
「うーん……何となく、かな」
ストン、と音を立てて切れた具材を見て、琳太朗はぽつりと呟く。
真郷もほとんど力をかけずとも動いたことに気付き、琳太朗にそっと尋ねた。
まだ覚束なさはあるので支えは続けているが、やる度に動きが軽くなっていく琳太朗に、真郷は心中驚いていた。
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