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第4話
「大丈夫。最後までは、しないから。先生にさ、罪悪感から身を任せるなんて、させたくもないし」
「ん……しても、いい」
死臭でも薬品臭でもない、生の香りを発する彼が本気で求めたなら、この場で僕は受け入れてしまうだろう。義務なのか――もっと別の衝動なのか、分からないけど。
「ありがと。でも、処女を馴らす時間はないんだ」
「っ、時間――ぁ」
「だから最後は、先生が好きになった人に、とっといて」
彼はほほえんだ。
大人のような、まるで僕よりも年上のような、笑顔が、細くなった視界の中でにじむ。初めて見る顔だった。
「僕、は」
取り残されてしまうことに気づきながら、なにも、できなかった。彼に高められることの他には。
上り詰めて放って、それで休もうとしてもまた慈しまれて、いつの間にかシャツも脱がされて胸まで吸われて、彼の声を聞きながら思考が曖昧になっていく。
嬌声の間で――気の迷いでもおかしくないとお互いに認められる形でだけ「好き」「好き」と僕は言う。喪失して痛いのが好きの印なら、僕はたぶん彼が好きだった。
彼の物も、鞭打ち針刺すのではなくて、つたない技で愛撫する。
「あぅ、好、きっ――」
達したのは何度目だろう。下肢が麻痺して快楽以外感じない。
「先生、うれしいよ。でも、明日からちゃんと、生きてる人を好きになってね」
「……消え、るな」
保つのも限界の意識を奮い立たせ、白濁に汚れる彼の髪をひっつかんだ。合わせた額の温度は、ガラスのように冷ややかだった。色も。彼は透き通りつつあった。
「俺の願い……先生とふれあうこと。叶えられたよ。本当に、先生、最高だ」
最後に口づけをよこして、彼は僕を抱きしめる。
途切れた記憶に、唇の淡い感触だけ、残っていた。
* *
――蝉が鳴いている。
敷いた覚えのない布団の中で僕は目を覚ました。
起きて、洗顔して、カレンダーを見る。
朝日の照らす八月の暦……お盆休みは今日で明けだ。
ただ、今年のあらゆる休日祝日で診療に出ていた僕は、本日より七日間にわたる休暇を院長から押しつけられている。
元は予定などなく惑っていたけれど、今はすることが浮かんでいた。
……昔の店にも顔を出して、彼の墓を、探しにいこう。
もしないなら、彼の語っていた故郷に足を運ぼう。
彼が昔そうであったような悪ガキたちに出会うかもしれない。
蝉の命が七日であれ、鳴けど子を残さず終わるものがあれ、眩暈をもたらすうるささは夏の記憶に刻まれ残る。何年後だろうと彼の声を僕は反復するだろう。
そんな風に理性でまとめるような真似をしつつ、僕は首筋の鬱血痕に指を当て、蝉たちの共鳴音とともに立っていた。
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