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第3話
プレイ中の感電死……所見としては心臓麻痺だった。
趣味の範疇としてのSMプレイは、相互の信頼関係に基づいて、安全性を確保した上で行われるものだ。
“S”として、医師の端くれとして、相手を殺すことなど断じてあってはならなかった。だが、それは起きた。
彼とは何度もプレイを重ねた関係。
その日使った電気器具も、彼の所有物であり、おなじみだった。だから僕は点検を怠ってしまった。
最中。
僕は、一瞬だけ強烈な刺激を与えるつもりで、電流のレベルをあげた。悶絶する彼の前で「反省したか」と言いつつ、つまみを操作してレベルを戻そうとした。
つまみは戻った。けれど、彼は泡を吹いてうめき続けた。
――おかしい。故障か?
焦った僕は、Sとしての体面などおいて、彼の胸の縄を切り、皮膚上の電極を剥がそうとした。しかしそれも、彼の声が聞こえているうちには、叶わなかった。
肌にべったり貼りついていた電極を取り除いたときには、彼はぴくりともしなくなっていた。
脈も、息も、途絶えていた。
僕は知る限りの蘇生のすべを試した。全部が無効だった。
「先生、あのとき、初めて俺にキスしてくれたでしょ。うれしかったよ」
「馬鹿。人工呼吸だよ」
言えば、もう一度口づけられる。あのとき初めて知った彼の唇は、乾いたゴムのようだった。けれど今は熱く、濡れている。
「先生の唇、変わってないね。薄くて、夏なのにぬるくて」
「君は、あのときより――生身のようだ」
「うれしいな。がんばって戻ってきた甲斐がある」
「……幽霊なのか?」
彼はうなずく。
「先生、俺のこと、悔やんでる?」
僕は視線を落とした。こんなに近い距離になったのは、生前にはないことだった。僕の鼓動は――主人を演じられなくなった怯える弱者の拍動は、十分感知されているだろう。
「ごめんね、俺、死んじゃったんで、伝えられなくてさ」
……彼の「死」は、あっけなく、終わった。
僕が取り調べを受けることもなかった。
彼を住まわせていた人々の手で、隠密に処理されたのだろう。
……世の裏に生きる人間の切れ端として。
「俺さ、幸せだったんだよ。先生はさ、いつも、プレイでは俺が本当に望むことを叶えてくれた。最高のS――サービスのS、だから。あのとき――」
「言うな」
彼の損壊願望には気づいていた。日常の苦を叩きつぶすほどの痛みを求めているのにも。
「俺はゴミクズです」「クズ犬です」が彼の口癖だった。きっとプレイを通じて、彼はそれを安らぎにしたがっていた。
「俺、先生に殺されたかったんだ。先生との時間が幸せで幸せで、その中で、死にたかった。だからさ、俺、道具に細工したんだ。最高の結末だった」
彼の指が、僕のシャツをあげて、下に忍び込む。僕には拒否などできなかった。下腹部よりも下生えよりももっと下へ。入ってくる熱に、かき回される。
苦痛しか与えてこなかった人間の像に快感を与えられて、笑い出したくなる。
「都合のいい、話だ。よほど、僕の頭は罪悪感から逃れたいのか」
「幻覚じゃないって。ほら、痕、残してあげる。後で鏡で確かめて?」
首筋がきつく吸われた。覚えるのは、痛みより酸っぱい甘みに近い。
息を吐けば、僕の末端も、手強く指に扱かれる。大人になってから他人に触れられるのは、はじめてで。しかもこいつ、刺激的なくせにひどく優しくて。腰の中からとけてしまう気がする。
もうろうとしそうな頭で僕は、楔を打つように言葉を押し出す。
「……でも、僕は……君を、救うべき――だったんだ。死ぬのが幸せだなんてとこから、助け出す、べきだったんだ。なのに」
「理屈が多いね。先生は」
「僕は、君を主人として守ることも、できなかった」
髪がなでられた。思っていたより広い手だった。
「先生がご主人だったってだけで、よかったんだよ。先生と会わなければ、俺みたいなチンピラ犬、きっとヤケになって暴走して、もっと早く死んでたし。危険なヤクをやめたのも先生の説教と罰のおかげ」
またキスされて、舌までも絡められて、思わず彼にしがみつく。
悔しいことに、膝が立たない。身体の芯が液状化したみたいにとろけてる。
「先生、もしかして、ヴァージン?」
からかう声だ。
「医者なのに処女兼童貞? ハード・プレイのご主人様だったのに? 痛っ」
すねを蹴ってやると、彼はよろめきかかったが、僕の体を保持したままだった。
「君が、うまいんだ、くそ」
「ま、俺、カラダも売ってたし――慣れてるっていうか」
僕の身が硬くなったのを知ってか、へらりと笑む。
「それはおいといて、気持ちよくするよ、ご主人様。犬の恩返しさ」
耳たぶがぺろりと舐められて、ぁ、と声が漏れる。すると臀部の肉が揉まれた。
彼はそちらの手を己が方に引き寄せつつ、充血の先端をくすぐりにくる。逃れようがない僕の脚がふるえはじめて、骨ばった肩に鼻を埋めれば、陽射しのように包みこんでくる雄の香りに初めて気づいた。幽霊のくせに――生意気だ。
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