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出会い

「離せ! 俺はゲイじゃない! 悩みだってない! 先生に相談することもありません!」 友行は腕を振り払い椅子から立ち上がると、ぽかんとしている先生を見下ろし声を荒らげた。クスッと笑い「おいおいどうした?」と立ち上がる先生に恐怖を感じ思わず後ろに一歩下がる。どうしたもクソもない。自分よりずっとガタイの良い大人の男に力では敵わないとパニックに陥りそうになった。 流石に学校内で乱暴なことをされることはなく、立ち上がった先生はそのまま友行の頭を優しく撫で、そして廊下に向かって歩きはじめた。 「誤解するなよ? 俺はお前の事を思って面談をしたんだ。わざわざ夏休み初日に出てきてやったんだ。……余計な事を言うんじゃないよ? わかってるね?」 振り向きざまじろりと睨まれ何も言えなかった。俺のせいなのか? そんなわけあるかい! 頭の中では言いたいことが山程あった。でも解放された安堵感の方が勝ち、友行は大きな溜息だけ吐き出した。 教室から出て行った先生の足音が聞こえなくなり、椅子にストンと腰掛ける。自分の心臓の音ってこんなに大きかったっけ? と感じるほど友行の胸は早鐘を打っている。 このご時世にこんなことをしでかす奴が本当にいるんだと、自身の身に起きたことでもにわかに信じ難かった。担任は若くて人気のある先生だけにショックだった。好感の持てる良い先生だと思っていたのがこの一瞬で一気に冷め、もう嫌悪感しか湧かなかった。 徐々に冷静さを取り戻した友行は、先程のことはまるで他人事のようにぼんやりと窓の外に目をやった。 「そろそろ行くか…… な」 再度時計を確認し、バスの時間が近くなったので教室を出た。 校舎から出ると途端に夏の暑さが身に染みる。全身から汗が吹き出る感覚に先程の事が蘇り、悔しさや情けなさ、恥ずかしさでなんとも言えない気持ちになった。バス停に着く頃には目眩すら感じ立っているのがやっとなことに恐怖を感じる。先生にされた事がこんなにも自分にショックを与えたのかと思うと本当に悔しくてやるせなかった。 「……!」 友行は突然誰かに肩を叩かれ思わず身構えた。肩を叩いた人物は、いかにも具合が悪そうに息の荒くなっていた友行を見かねて何度も声をかけていた。それでもいくら声をかけても気が付かない友行に、驚かせないようにそっと肩に手を置いただけ。 「大丈夫? 具合、良くなさそうだけど……」 振り返ると心配そうに自分を見つめる知らない男。見たことはないけど同じ制服を着ているからここの生徒なのはわかった。 「大丈夫…… あ」 意に反して零れてしまった涙に驚き、友行は慌てて掌で頬を拭った。 「ほら、バス来たし……乗るんだろ?」 男は友行の方を見ずに、さり気なく手を取るとバスに乗り込む。他に乗客のいないガラガラの車内、一番後ろの席に並んで座った。 「……あ、ありがと」 友行は何となく気不味く感じながら、繋がれたままの汗ばんだ手をそっと離す。初対面で心配され、手まで繋がれてしまって情けない。見た感じ自分より背も低く顔つきも幼いこの男は一年生ってところだろうか。 泣いてしまったのを見られただろうか? いや見てしまったからこいつはわざと見ないようにしてバスに乗り込んだのだろう。その気遣いが嬉しかったし、あんなことがあったすぐ後で手を握られても少しも嫌じゃなかったことに友行は少し驚いていた。 「大丈夫そうだね、よかった。俺、何にも見てないからさ。……嫌なことでもあったんだろ? ひとりで帰れる?」 明らかに歳下の、あどけない顔をした男にまるで子どものように扱われ思わず吹き出す。小さく震えていた指先もいつのまにか落ち着いていた。 「ひとりで帰れるって、バカにしすぎ。俺、お前よか先輩なんじゃね?」 同じ制服だけど見たことのない顔。相手が一年だと確信してそう言った。 「そか! てことは俺と同じ三年か! 俺ここに引越してきたばっかなんだよ、よろしくな。俺、神成葵(かみしげ あおい)、葵でいいよ。そっかそっか、同じクラスだといいな」 絶対歳下だと思っていた友行は返ってきた返事に驚き、相手の顔を二度見してしまった。 「あ、すみません……俺二年です。三年じゃないです……」 今度は葵の方が友行を見て吹き出した。 「ウケる! 急に敬語! いいよ、タメで。俺そういうの気にしないし。それにほんと引っ越してきたばっかで友達もいないし仲良くしてよ。ね? ……っと、名前は?」 「眞嶋友行。友行……でいいよ」 「友行! うん、友君ね。改めてよろしく!」 ハイタッチするように葵は両手を掲げる。友行はそれにつられるように小さくパンっと両手を合わせた。 ぎこちなく自己紹介をしたこの夏の出来事。 忘れられない出会いと、夏が嫌いになったきっかけのこの年、友行は初めて恋というものを知った。

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