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初めての恋心

「都会からこんな田舎にようこそ! だな」 オレンジジュースのカップに付いた水滴を手で拭いながら友行は葵にそう言って笑った。二人で待ち合わせ、この近所にある唯一のファーストフード店で一緒に夏休みの課題をする。 葵は親の都合で東京からこの地へ引っ越してきたらしい。 あの日バスの中で葵と連絡先を交換し合い、お互いの家も近かったということもあり夏休みの間二人は頻繁に会っていた。 人付き合いの苦手な友行にも同級生の友人はちゃんといた。毎年海やプールに誘われ、それなりに夏休みを満喫していたはずなのに今年はどうしても行く気にはなれず、葵とこうやってのんびり過ごすことの方が楽しく感じた。 葵はというとあまり自分のことは詳しくは話さず、流行りのドラマや自分が読んでいる小説、好きな映画の話など他愛ない話を多くした。それでも専ら友行の話の聞き役で、友行にとって葵は何でも話せる居心地の良い友人だった。きっと初めて会った時に自分の弱いところを晒してしまったことと葵が自分より歳上だったということが、友行にとって打ち解けられたきっかけになったのだろう。 夏休みも終盤、毎年恒例の夏祭りが近づいてきた。花火も上がる、この地域では最も大きな規模の夏祭り。友行は人混みが嫌いで祭りなど全く興味がなかったが、時期が近づけば嫌でも情報は耳に入ってくる。 「そういえばお祭り……」 夏休みの課題を既に終わらせた葵が、友行の課題を見てやりながらポツリと呟いた。 「ん? 祭りあるねえ、明日だっけ?」 「俺、お祭りって行ったことないんだよね。……行ってみたいな」 「いいよ、一緒に行こう」 友行は自分が即答したことに驚いた。 何年か前に一度きり行っただけの夏祭り。ただただ人混みが暑苦しく、一緒に行った友人らに振り回され、二度と行かないと決め今に至るのに……葵のひと言で「一緒にいきたい」と思ってしまった。葵と一緒なら楽しそうだし、越してきたばかりの葵にいろんな所を案内したい、教えてあげたい、そう思った。出会ってまだ日も浅いし葵のことは少ししか知らない。でも時折見せる葵の寂しそうな表情には気がついていた。だからもっと笑ってほしい。ずっと笑顔を見ていたい…… 俺のために笑ってほしい…… 友行はここまで考え、そこで初めて自分の気持ちに気がついた。 気づいたと同時に泣きたくなった。 葵に軽蔑される自分の姿しかイメージ出来ず、こんな気持ちになんか気が付きたくなかったと、慌てて葵から視線を逸らした。 夏祭り当日、迎えに来いと言われた友行は初めて葵の家に行った。 バス停ひとつ分隣の葵の家。祭りの会場も然程遠くもないので自転車で行ってもよかったのだけど、バスで行きたいという葵に合わせバスで向かった。 葵の説明通りに道を行き、すぐにその家がわかった。家の前で既に友行を待ち構えている葵が手を振っている。友行もそれに答え手を振り返した。 「わざわざ来てもらっちゃってごめんな。母さんがどうしても友君に挨拶したいっていうからさ」 葵の後ろには葵と同じく小柄な母親が立っており、「いつも仲良くしてくれてありがとう、今日はよろしくね」と丁寧に挨拶をされた。いい歳して恥ずかしいだろと葵は苦笑いをして母親を押しやり、そそくさと友行の手を取り、行ってきます……と歩き始めた。 掴まれた手が熱い。 男同士で手を繋ぐなんて、葵は何とも思わないのだろうか? 意識してしまう自分が恥ずかしくなってくる。おまけに今日の葵の服装が浴衣ときたもんだから、友行は嬉しいやら恥ずかしいやらでドキドキが止まらなかった。

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