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溢れる思い

祭りは初めてだとはしゃぐ葵に幼さを感じる。葵の方から手を繋いでくるのは、はぐれないように……という理由の他は何もない。何もないとわかっているのに友行の心は穏やかでいられない。意識すればするほど恥ずかしさと照れ臭さで葵の顔を見ることができなかった。 「りんご飴! なあ、りんご飴食べていい?」 友行の手を引きながら振り返る葵にダメとは言えず、ただお供のようについて行く。繋がれていない方の手にはついさっき葵が買ったばかりの綿アメがあった。 「別にいいけど、甘いのばっか買いすぎじゃね? 俺たこ焼きとか食いたいし……」 「うん! いいんだ、今日は特別! あとでたこ焼きも買いに行こう! そろそろ花火も上がるんだろ? おすすめスポット案内してくれよ。そこでゆっくり食べようぜ」 こんなにも楽しそうに、嬉しそうにしている葵を見て、心底一緒に来て良かったと思う。おすすめスポットなんか知らないけど、葵と二人きりになれて人目を気にせず花火が見られる場所なら心当たりがあった。 今度は友行が葵の手を引く番。 ドキドキが心地よい。今日のこの日がずっと続けばいいのに……と葵を振り返り笑顔を見せる。キョトンとしてこちらを見る葵が可愛くて愛おしくて、今すぐ気持ちをぶつけてしまいたい衝動に駆られてしまう。そんなもどかしさもまた友行にとっては初めての経験で、葵に対する気持ちがどんどん大きくなっていくのがわかり切なさも増した。 「何ここ、暗い…… 怖い……」 友行が連れて来たのは少し高台にある古びた小さな神社。友行は葵の浴衣から覗く足元と腕に虫除けスプレーをかけてやった。 「超準備いいね! ありがと!」 楽しそうに笑う葵に満足しながら自分にもスプレーをかける。初めからここに連れてくるつもりでいたし二人で並んで座れるくらいの小さな敷物も用意していた。我ながら準備が良すぎて笑えてくる。でもそれだけ友行は葵と一緒に過ごすこの祭りを楽しみにしていたのだった。 段差に二人で並んで座る。もう間もなく花火も上がるだろう。葵はまだ買い足りないのか、あれも食べたかった、あとであそこも行ってみよう、と少し興奮状態にも見れるくらいお喋りだった。 「花火、そろそろ……」 上がるよ、と言うのを待たずに一発目の花火が派手な音を立てて上空でバーンと開く。思いの外大きなその音に、葵は大袈裟なくらいビクッと体を震わせた。 驚いたからなのか無意識なのか、突然葵に手を掴まれる。友行はドキドキしながら気付かれないようにそっと葵の顔を覗き見た。葵の顔は花火の明かりに照らされてキラキラして見え、ぽかんと開いた口が可愛くて、堪らなくなり思わずその手を握り返した。 「……好き」 どうせ聞こえないだろうと俯いたまま小さく呟く。胸がキュッとして、一緒の時を過ごすのが嬉しいのに泣きたくなる。 「大好き」 続々と上がっていく花火の音に紛れ自分の口から溢れた愛の囁きが、空に上がる大輪の花火とは対象的に地面に吸い込まれていく様だった。 「友くん、何か言った?」 俯いたままの友行の顔を覗き込む様にして、葵が不思議そうに声をかける。 顔が近い…… ああ、キスしたいな…… なんて邪な思いが頭を過ぎった。 「なんでもないよ。花火、凄いね。本当ならもっと綺麗に見られたのに…… ほらあそこのビル、去年建ったばかりのやつさ、邪魔だよね」 自分の思いを誤魔化すように話を逸らす。そんな友行の思いを打ち消すかの様に葵は体を密着させ「花火なんてどうでもいいし」と呟いた。 「俺は友くんと一緒ならさ、花火よく見れなくたって別にいいし。一緒に居られるのが嬉しいし楽しい!」 花火の音で所々よく聞こえなかった。 でも、葵の態度で言っていることはちゃんとわかる。 やめてくれ…… 勘違いしてしまう。自分が調子に乗ってしまうのが怖かった。葵のこれは友人としてのスキンシップ。それ以上の意味はないんだ。人よりちょっと距離感が近いだけ……。 早まったら台無しになる。 膨れ上がっていく気持ちを友行は必死に抑え込んだ。

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