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面影に縋る

花火も終わり祭りに来ていた殆どの人がわらわらと同じ方向に歩き始め、皆駅やバス停に向かっている。それこそ今にもはぐれてしまいそうで、友行は後ろを歩く葵を振り返った。 「凄え人だな。でも楽しかった。友くんありがとう」 「俺も! また来年も一緒に来ような」 「うん、……もちろん!」 はにかんで笑う葵を見て、来年また一緒に祭りに来られたらその時にこの気持ちを打ちあけよう。まだ今は知り合ったばかりだし、ゆっくり自分のことを知ってもらってからでも遅くないよな……とそう思った。 夏の思い出―― 繋いだ手のぬくもりは今もはっきりと覚えている。 また今年も祭りの日がやって来る。 友行はバスに乗り葵の家に行くのが毎年恒例になっていた。今夜は何故だか初めて行った祭りの日を思い出し、慣れない浴衣を着てみたりもした。 葵はなんて言うだろうか。きっと「似合ってる」と笑顔を見せてくれるだろう。そういえばあの時は初めて見た葵の浴衣姿にドキドキしてしまって何も言葉をかけなかったっけ。カッコいいねのひと言くらい言ってやればよかったな、と今更ながらひとり笑った。 祭りに向かう大勢の人。 賑やかな景色がどこか遠くに感じながら、友行はいつもと同じコースで露店を歩く。はしゃぎながら友行の手を引く葵ももうどこに行くのかわかっているのか、あの高台の古びた神社に向かっていた。 りんご飴、綿アメ、そしてたこ焼き…… ふたり分の小さな敷物をさっと広げ、そこに座った。 もうじき花火が上がる。 想いが昂ぶって独り言のように「好きだ」と零してしまったことを思い返した。届くはずもないその小さな呟きが、今は友行の心に後悔の念になって残っていた。 花火なんか見てられない。 友行はもう一度「好きだ」と呟く。独り言のように「好きだ」と零すのもこれで何度目だろうか……。 「大好き……」 もう届かぬ想いが地面にひとつポトリと落ちた。 「また来年も一緒に来ような……」 花火も終わり、また友行は人混みに揺られながら家路に着いた。 夏は嫌いだ── 初めて恋をして、そして初めて最愛の人に旅立たれた。葵はあの夏、あの夏祭りの年に天国へと行ってしまった。 何も知らなかった。何も教えてもらえなかった。当たり前にまた次もある……来年もまた一緒にいられる、そう思っていた自分に腹が立ってしょうがなかった。気付いてやれなかったことが悔しくて、後悔してもしきれなかった。 夏の嵐のように現れて消えてしまった……まるで幻だったのかと思ってしまうほどに。 「いつもありがとう」 毎年線香をあげに葵の家に行く。葵の母には感謝された。「あなたがいて葵は変わった」と。 どんなに感謝されても葵がいないんじゃ何の意味もない…… 友行はいつも思う。 どんなに葵の思い出話をされようと、どんなに葵が頑張ってきたのか聞かされようと、自分と葵の「これから」は1ミリだってないのだから。 俺は何にも変われていない…… こうやって毎年葵の面影に縋って同じことを繰り返す。 でも記憶の最後に残っている花火を見上げ瞳を輝かせている葵の表情は笑っている。優しいその笑顔は、無理に前に進まずこのままでもいいんだと思わせてくれるから、約束通りまた来年も祭りに出かけようと友行は微笑んだ。

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