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第5章 劇場5

『聞き分けの良い子だ。さあ、こっちへ来い』  少年は、このうえなく幸せそうに微笑み、黒坊主の冷たい身体へと身を寄せた。頬にぬるついた触手が触れると少年は触手に手を重ね、顔を上げた。  とうとう日向は、口封じをしていた触手を嚙みちぎり、床に向かって吐き出した。  触手は血液の代わりに墨汁のような黒い液体を()き散らして痛がる素振りをする。そのまま鏡の世界にいる黒坊主のもとへと逃げ帰った。  汚らわしい触手に喉の奥を突かれていた日向は、若干の酸欠状態になり、激しく()せた。ぼうっとする頭がクリアになってくると少年が、黒坊主に身を委ねている姿を、目にする。日向は、少年のもとへ向かおうと目いっぱい暴れた。それでも絡みつく糸は一向に切れない。 「そいつは魂の番なんかじゃない!! そいつと番になったりしたら、それこそ、本当にみんなを傷つけ……」 『もう、沢山です! なにも聞きたくありません!!』  少年はマイクもつけていない状態で、館内に響く大きな声を出した。黒坊主の身体から離れ、日向に顔向けした少年の顔や手は、黒い(おり)に塗れていた。少年は、黒坊主に似た真っ黒な姿をして日向のことを見下す。 『まったく、一介のベータでしかない男性と結婚しようだなんて……無謀なことを考えたものですね。それで逃げ切れると思ったのですか? あなたは、この狂った世界で自分の行いを悔い改めてください』  絶望に打ち(ひし)がれ、少年は目を閉じた。  黒坊主は、そんな少年の身体を飲み込んでいく。  無我夢中になって日向は、腕を拘束していた糸を引きちぎった。舞台の床に着地すると即座に「待って!」と今にも消えてしまいそうな少年に向かって、手を伸ばす。  少年は日向の言葉には耳を貸さず、黒坊主と同化してしまった。  日向は悔しそうに歯嚙みし、手の中にある首輪を強く握りる。いまだに宙に浮いている鏡に向かって鋭い視線を向ける。 「いい加減、下りてきたらどうです。それとも僕のことが怖くて、まともに話しもできない状態なんですか?」  黒坊主の入った鏡が、日向の目の前へ下りる。 『俺が、おまえのような(むし)(けら)を恐れるとでも? 見当違いも甚だしいな、日向』 「そうでしょうか? 本当は、忘却のレテを注入してすぐに僕の深層意識へ介入し、(かた)を付けたかったのではありませんか?」  黒坊主は、日向の質門に答えなかった。いや、答えられなかったのだ。 「できなかったんですよね。あなたと違ってさくちゃんは、僕が記憶を失うことを望んでいなかったから」

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