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第5章 劇場4*

「では、どうして叢雲と碓氷の家の人間が必ず魂の番として、生まれ落ちたのでしょうか?」  瞬間、黒坊主の(まと)う雰囲気が一変し、目に見えて禍々しい黒紫色のオーラを放ち始める。  大地震が起きたみたいに、館内が激しく揺れる。  だが日向は地面を踏みしめ、直立していた。 「僕と叢雲さん、碓氷の遠縁にあたる僕の母と叢雲さんの母親である真弓さん、そして碓氷の祖父と叢雲さんの元・婚約者である()()()さんのおじい様。三代も続いて、魂の番となる運命のもとに生まれるなんて話はそうそうありえません。たまたま、そういう(めぐ)り合わせになったんじゃない。【亡霊】であるあなたが望んだからだ」  黒坊主が何も言えなくなり、身体をわななかせているので日向は、挑発的な笑みを口元に浮かべた。 「あなたの野望は、自分とよく似た子孫に取り憑き、叢雲の子孫を皆殺しにすること。アルファの女と無理矢理結婚をさせ、病のために出兵すらできなくなかったあなたを『穀潰し』として葬る手はずを整えた、叢雲一族を根絶やしにする。【叢雲満月】として新たな人生を歩み、犯した罪をすべて、叢雲さんに背負わせる。それだけじゃない。  僕と彼が出会った、あの町に住んでいた人たちとその子孫を一掃しようと目論んでいる。あなたを殺し、打ち捨てた子孫たちを。そして、すべての始まりである碓氷の家への報復。曽祖父に似た容姿をしたオメガの男子をかごの鳥とし、死ぬまで責め苦を与え、恨みを晴らそうとしている」 『貴様……この俺を愚弄するつもりか!』  黒坊主は大声で怒鳴り散らした。触手を(うごめ)かせ、日向の左頬を思いきり張る。  すると鋭い刃物で切られような傷がつき、日向の頬から血が吹き出る。それでも日向は、()(ぜん)とした態度で、黒坊主を射抜かんばかりの視線で見つめる。 「同情はします。生前のあなたが辿(たど)った道は、あまりにも悲しすぎる。世界で一番愛してくれた両親が突然死に、やさしくしくしてくれた()(にん)も屋敷を去った。愛していた人とは結ばれず、親族から見放され、性欲を満たすための人形として扱われた末に殺された。世を恨み、人を恨んでいるうちに【亡霊】へと変わり果ててしまった。すべてを破壊し尽くし、殺し尽くしたいという衝動に駆られる(しん)(ちゅう)は、お察しします。だからといって――あなたの今までの所業を許すことはできません」  日向の身体は震えていた。眼の前のおどろおどろしい物体と対峙している恐怖からではない。ようやく宿敵である【亡霊】と相まみえたことに対する歓喜と、完膚なきまでに叩きのめす機会が訪れたことに対する武者震いだ。 「これから始まろうとしている復讐劇をただ茫然と見ているわけにはいかないんです。これ以上あなたには、だれも殺させない。叢雲さんに濡れ衣を着せ、犯人に仕立て上げるなんて真似は絶対にさせません。あなたには、ここで鎮まっていただきます」 『鎮める? 神職でもなければ、霊能力者でもないくせに生意気な口をきくな。そもそも、そいつらの真似事をして、俺がいなくなるとでも思っているのか?』 「やってみないとわかりません」と日向は目を細める。「僕は、ただの科学者です。ですから――あなたには眠りについていただきます」 『笑わせるな。おまえごときに何ができる?』  黒坊主は日向の言葉をせせら笑ったかと思うと突然、(どう)(こく)した。 『発情期もなく、オメガとしての痛みも、苦しみも感じず……安穏と日々を過ごし、人から愛されてきたおまえに、俺の何がわかる?』  日向は、黒坊主の心からの叫びを静かに聴いていた。 『魂の番である朔夜だけでなく、他のアルファやベータにまで尻を振るあばずれが、俺に(きょう)(べん)をとるな! おまえは、おまえの曽祖父であるヒムカとその妻となった(こと)()と同じだ。人の心を傷つけ、踏みにじっておきながら、さも平然としている! 復讐をして何が悪い!? 俺を捨てた一族を憎むことが罪か? 人としての尊厳を奪われ、ボロボロになるまで身体を貪られ、口にするのもおぞましい殺され方をした……。  あいつらの子孫を殺してやる! あの町に残った者も、ほかの場所へ移った連中も……全員だ! 今度は俺が、おまえらを地獄に叩き落とす(ばん)だ。おまえも、おまえの婚約者も、おまえを愛した馬鹿な朔夜も苦しめ』  呪いの言葉を口にしていた黒坊主の頭がすっぱりと切れ、舞台の床に転がった。 『はっ?』  ほうけたけ声を出して黒坊主は、真っ黒な血を吹き出している自分の身体へと目線をやった。ついで日向に目線をやる。  首輪を持っていた右手に、なぜか刀を握っている。  いつの間にか日向に間合いを詰められ、首を討たれたことに【亡霊】は気づく。  日向は険しい表情を浮かべていた。その瞳は、どこまでも氷のように冷ややかで、怒りの炎が燃え盛っていた。  ふたたび刀を振りかざし、黒坊主の頭部がなくなった身体を真っぷたつに裂こうとする。  まさか日向が刀を出現させ、自分に切りかかってくるなど夢にも思っていなかった黒坊主は、あっけに取られる。大急ぎで触手を出すと頭が転がっている床へと移動し、攻撃をかわす。床に転がっている頭を首に乗せれば、黒坊主の首から吹き出していた墨のような血は止まり、元通りの姿になる。  日向は刀身についた澱を振り払い、黒坊主のもとへ走っていく。

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