97 / 156

第11章 無力4

「僕は死なない。お父さんだって僕を殺したりするもんか! 僕が悪い子だから愛されないんだよ。僕がいい子になれば、お父さんだって僕を見てくれる。お母さんのことも、もっと大切にしてくれるんだ……」 「マジでバカだな、おまえ」  哀れみを含んだ目で朔夜は日向のことを見つめた。 「昔とぜんぜん変わってねえな。おじさんは、おまえのことを愛してなんかいねえ。家族として大切に思っていたら、こんなアザだらけになるまで殴るもんか。何回も殺されそうになってるのに、どうして現実を受け入れねえんだよ?」 「そんなことをさくちゃんに言われたくない。恋人だからって言っていいことと悪いことがある。結婚相手でもなければ、番でもない人に言われる筋合いはないよ!」  ひゅっと朔夜は息を呑んだ。  朔夜と日向の間に重苦しい沈黙が訪れた。  日向は拳を震わせて涙目になりながら朔夜のことを睨み続ける。  まるで手負いの獣のような様子でいる日向を前にしながら、怒りに身を任せそうになっている自分を落ち着かせるために、朔夜は目を閉じた。唇を湿らせ、冷静さを失わないように素数を頭の中で数え、灰色の瞳をふたたび開く。 「俺が、おまえだけのアルファだって、おまえだけを愛してるって証明できればいいか」  日向は怒りの表情のまま朔夜を見上げる。 「発情期の来ていないおまえを抱いても番にはなれねえ。中学を卒業するまでは魂の番でも結婚の申請は出せねえ。十三のガキでしかない俺は、おまえを守ることも、あの家から連れ出すこともできねえよ。だから――今、ここでおまえのことを抱いて、俺の気持ちが本気だって伝えれば俺のことも考えてくれるか?」  朔夜は真剣な顔つきをして日向の瞳を見つめた。 「僕をからかってるの?」 「冗談でこんなこと、言うかよ。俺は本気だ」  困惑した表情のまま日向は何も言えなくなる。   日向の肩に置かれていた朔夜の右手が、日向の頬へと触れた。  緊張か、興奮か、はたまた日向を壊してしまう恐怖か――朔夜の手は小刻みに震え、じっとりと冷たい汗をかいていた。  大好きな月下美人の香りを嗅げば、いつもなる安心する。それなのに日向の心はひどくざわつき、全身から血の気が引いていって身体が氷のように冷たくなる。  朔夜は真綿で首を絞められているかのように息ができなくなり、苦しくなりながら日向に尋ねた。 「どうしたらいい? どうしたら俺の気持ちが嘘じゃないって、わかってもらえる?」 「さくちゃん……」 「おまえのことが心配で夜も眠れねえときがある。明日になって、おまえの元気な姿を見られなくなったら、棺桶の中に入って目をつむっているおまえを見ることになったら、どうしようって不安になるんだ。おじさんが、あの丘の上の家に帰るたび、今度こそおまえを殺すんじゃないかって怖くて仕方ないんだよ」  いつの間にか朔夜のほうが泣きそうな顔をして、日向の冷たくなった頬を指の先で撫でた。 「日向の代わりになるやつなんかいねえ。魂の番は、この世でたったひとりだけだ。おまえがこの世界からいなくなったら、俺は生きていけねえよ……」  人を殺さんばかりの目つきをした日向は、右手だけでなく左手も朔夜の胸板に当て、ありったけの力で押しのけた。  朔夜は、尻もちをつきはしなかったものの日向の予想外の反応に、身体がよろけてしまう。  パンッ! と乾いた音が倉庫内に響いた。日向は肩を上下させ、唸るように息をする。  じんじんと熱くなった左頬を朔夜は自身の左手で押さえた。 「ってえな……ビンタかよ」 「引っ叩かれるようなことを言うからでしょ!? 結局、さくちゃんは僕のことなんて本当は好きじゃないんだね!」 「あ゛っ? なんだとおまえ……もう一度言ってみろよ」  珍しく日向に対してどすの利いた声を発した朔夜は心外だと言わんばかりの態度をとる。 「何度でも言ってあげる。きみはぼくのことを好きでもなければ、愛してもいない。ただ僕が魂の番であるオメガだったから、やさしくしてるだけ。僕のバース性はオメガだけど心も、身体もきみと同じ男だ。女の子みたいに、ただ守られるだけの存在じゃない! きみに守られるほど弱くない……!」 「日向!」 「男は好きじゃない人でも抱けるもんね。より多くの子孫を残し、生命を繁栄させる身体になってる。レイプすることで相手の戦意を喪失させ、服従させることも、殺すことだってできる!  さくちゃんはアルファの男であることを理由に僕の身体を好き勝手して、言うことを無理やり聞かせたいんだよ。身近にいるオメガで手軽に性欲を満たしたいだけ。いいよ、抱けば? 今すぐ、この場でオメガである僕のことを抱けばいいよ!」  V字のセーターを脱ぎ捨てた日向は、ワイシャツのボタンを上から順に外していく。ボタンをすべて外し、ワイシャツを脱ぎ捨てようとする日向の手首を、朔夜が掴んだ。 「人をバカにしてるのは、そっちだろ!? 人を(けだもの)みたいに言いやがって……おまえは俺をなんだと思ってんだ!」 「獣でしょ」と日向は朔夜の言葉を一刀両断する。「番のいないアルファはオメガが発情期だったら、そのフェロモンに当てられて目の前のオメガを抱く! 男も、女も関係ない。お腹を空かせた肉食動物みたいに問答無用で食らいつく。 『昔、オメガだったからオメガの気持ちが少しは理解できる』なんて言ってるけど、きみもほかのアルファと同じだ。オメガのことを人間として見てない。性欲処理のための奴隷やダッチワイフだと思って見下してる」

ともだちにシェアしよう!