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第25章 刀

「そう?」 「そうなんだよ。もし親父に恩返ししたいって思うなら今度うちのラーメン屋にでも来てくれよ。それこそ、おばさんと一緒にさ。特別割引サービスで半額にするから!」 「えーっ! そんなことしたら大赤字だよ!? おじさん、怒らない? それに、むしろ悪い気が……」 「いいんだよ。これは俺が言ったんじゃなくて、おふくろが言い出したことなんだから」 「さくちゃんのお母さんが……」と日向は小首をかしげる。  まじめな顔をした朔夜は「おまえんちだって今となっては金があるようでないような状況だろ。おじさんのせいで」とつぶやいた。  公務員である雪緒は、働いて得た給料を妻である明日香に渡さず、息子である日向にも使っていなかったのだ。  そのほとんどは風俗や水商売をして働いている女たちのもとへと消えていった。残った金は雪緒の趣味である高級車に代わり、上司や部下と食事をする際の料亭や高級寿司の代金となった。  家に入ってくる金額が、あまりにも少ないせいでオメガである明日香がフルタイムで働き、天道の両親――日向の祖父母から金を借りている状況だ。  同じく事情を知っている碓氷の当主も孫かわいさに毎月通帳に振り込んでくれているから暑い夏も、寒い冬も明日香と日向は、ふたりでもなんとか暮らしていけたのだ。  その事実に気づいていた日向は言葉を詰まらせる。 「それは……でも、お母さんが働いてるし、天道のおじいちゃんとおばあちゃんもいるよ。碓氷のおじいちゃんも力になってくれてるから平気」  引きつった笑みを浮かべながら日向は、やんわりと断った。  しかし前を向いていた朔夜は日向の変化に気づかない。 「俺んちが金がなくて苦しくて困ってたときさ、おばさんが力になってくれたって、おふくろと親父が言ってたんだ。おまえだってプレゼントとして俺にいろんなものをくれただろ。だから今度は、うちが力になれたらって思う」 「さくちゃん……」 「何より将来的におまえは俺の家族に、番になるんだ。おばさんは俺の義理のお母さんになる人だから、助けたいって思うのは当然だろ」  きゅっと唇を噛みしめて日向は足を動かすのを止めた。  手をつないでいた朔夜は、すぐに後ろを振り向き、「どうした?」と問いかける。  はっと意識を取り戻した日向は慌てて首を横に振る。 「ううん、なんでもない! さくちゃんのお父さんと、お母さんがそう言ってくれるなら、僕、お母さんに相談してみる。伝えておくね……!」 「ああ、いつでも来てくれよ。親父やおふくろも、すっげえ喜ぶから」 「……うん」  そのまま日向は歩くのを再開し、朔夜とともに本屋へと入っていった。  日曜ということもあり、人がごった返している。  老人の夫婦や若いカップルもいれば、ベビーカーを押しながら幼い子どもの面倒を見る母親、部活動の終わりにジャージや制服姿でやってきた学生たちがいる。  老若男女がひしめき合っている中をふたりは慎重に歩いていった。 「えっと……漫画コーナーは、こっちだな。新刊は、っと」 「あっ、あった!」  新刊が平積みされているコーナーの隣に、日本刀を手にした少年が描かれた少年漫画があった。「絶賛アニメ放映中!」と手描きのポップと漫画のキャラクターをデフォルメしたイラストが棚の前面や側面に貼られている。  最新刊と書かれているものを手に取り、胸に大事そうに抱えた日向は、口もとをほころばせた。 「日向は本当に、その出版社の本が好きだよな。刀が出てるやつは全部持ってるんじゃねえの?」 「だって正義のために戦う主人公ってカッコイイでしょ。素手で戦うのも、もちろんすご迫力があって見応えがあるけど、武器としてレイピアや大剣、槍じゃなく、あえて日本刀を持って戦うんだよ! 日本刀って実戦に使われてきただけじゃなく、美術的にも素晴らしいって世界から評価されてるんだ。  日本の東京国立博物館はもちろん、イギリスの大英博物館やアメリカのメトロポリタン美術館でも所蔵されてるの。刀狩りって豊臣秀吉のイメージが強いけど、じつは鎌倉時代からあって江戸時代や明治、第二次世界大戦後にもあったんだ。だから今の世界で刀を持てるのはごく一部の限られた人だけ。でも漫画やファンタジーの世界では普通に刀を持って戦える。魅力的じゃない!?」  特に歴史や刀に興味のない朔夜は、日向がいきいきとして話す姿をかわいいなと思いながら「ふーん、そうなんだ。おまえ、よく知ってるな」と相づちを打つ。 「疾風くんのお姉さんに教えてもらったんだ」 「なるほどな。あいつんちの姉ちゃん、院で日本の歴史を研究してるから詳しいよな。えっと……名前は?」 「(おと)()さんだよ」  朔夜は日向の手を引いて本屋の中にある文房具屋でいつも使っている消しゴムをひとつ手にした。  ふたりは手を離し、レジの前にできた列に並んだ。 「そういえば植仲町が昔は村だったって、じいちゃんが言ってたな」  朔夜は自分の前に並ぶ日向へ声をかけた。 「そうなんだってね。うちのおばあちゃんも言ってたよ。高度経済成長のときに村が合併されて植仲町になった、って。今みたいに道路も舗装されてなくて丘がたくさんある場所だったから都会と違って、あんまり車が通ってなかったみたい」

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