3 / 3

余話★

「……あれ、明日はバレンタインか……」  帰宅途中。夕飯の材料を求めて立ち寄ったスーパーで、ワゴンに山のように積み上げられたチョコレートを眺めて、立川慧はふと思い立った。  一足早い特売セールだった。  自分にはまったく関係のないイベントだと思っていた。  昨年の春に入学した高校は、チョコレートの持ち込みは自由らしいが、女子たちは友チョコの話題でもちきりだ。男子はそわそわしているようでそんな話も聞くが、彼女もいない慧には全くの無関係だ。チョコの当てがあるといえば母親くらいであるが、母親から贈られるチョコだけを楽しみにする男子高校生というのも少し悲しい。  要するに、今年のバレンタインも他人事だと思っていたのだが、ふと思いついてしまった。  オレって、綾兄に抱かれたときは女役だったから、チョコは渡す側なのかな?  事の発端は昨年の夏。  慧は親や友人たちには到底告白できないような体験をした。  母親の弟……叔父に抱かれたのだ。  もちろん同意の上である。叔父の綾人が、慧に新しい生世界を見せてくれたのだと思っている。  盆の時期の七日間。綾人は慧を抱き続け、慧はそれを受け止め続けた。  その濃厚な記憶は、慧の世界を大きく変えてしまった。  好きだったクラスの女子には興味がなくなってしまい、綾人に抱かれたいという欲望ばかりが頭をもたげた。しかし、綾人が住む街は慧の住む場所より電車で一時間以上かかる遠方……。しかも綾人の仕事が多忙であり、なかなか会う機会はなかった。その逸る気持ちを部活にぶつけた結果、一年ながらもレギュラーを獲得するに至ってしまった。  しかし、それでも欲求不満は続き、悶々とした毎日を送りながら現在に至るのだ。  綾人のことを考えたら、慧はどうにも自分をコントロールしきれなくなった。  やばい。綾兄に会いたい。   慧は買い物カゴを腕に掛け、ダッフルコートのポケットからスマホを取り出す。きっと仕事が忙しいのだろうなと言い訳をしつつ、勇気も出せずに押せなかった、叔父の電話番号を、思い切って押したのだ。  スマホに耳を当て、応答するのを待つ……。  多分、出ない可能性の方が高いんだけども……。 「はい」  出た! 奇跡だ! 慧は舞い上がった。 「あ、綾兄!」 「慧か、久しぶりだな。元気か」  落ち着いた口調に、慧の気持が急激にしぼんでいくのを感じた。もしかして、電話をしたくて会いたくて触りたくて溜まらなかったのは自分だけであったのか。 「あ……うん」 「どうした、急に電話なんて」 「あ……あのね」  慧は何も言えなくなった。自分と綾人の温度差を感じてしまったのだ。 「明日…、バレンタインだなって思って……」  綾兄はたくさんもらったの?  そう言おうとしたが、口が重くて言葉が出ない。  一瞬、ふたりの間に気まずい沈黙が降りる。  すると、綾人が小さく笑った。 「なんだ、慧がチョコくれるのか?」  そんな誘い文句に、慧は素直に大きく頷いた。 「うん! 持ってくよ!」  片手でスマホを耳に当てながら、慧は特売ワゴンからチョコレートを一つ手に取り、カゴに入れたのであった。  金曜日の夜には帰る。  幸い土曜日は学校は休み。部活も休んでしまおう。ランニングや筋トレなんてやっていられない。  母親には綾兄の家に泊まりで遊びに行ってくる、と言った。母親はあんなに寒いところになぜ好んで帰るのか分からないけど、いってらっしゃいと言われた。  叔父の綾人が住んでいる家は、母親の実家なのだ。  学校が終わり、部活は早引き、夕方の帰宅ラッシュの電車に乗り込んだ。鈍行列車で一時間強。最寄り駅に着いたときは陽はすっかり落ち、夜の闇が辺りを覆っていた。  バス停はもちろん、タクシー乗り場もない駅前に、ぽつんと車が一台停まっている。慧の注意を引き付けるようにハザードランプが点灯した。  慧は小走りでその車に駆け寄る。記憶にある4WD。車種なんて分からないが、その黒いゴツい車には見覚えがある。    ドライバーが運転席のドアを開けて顔を出す。  夢にまで見た人が目の前にいた。 「綾兄!」  綾人の指示で、慧は助手席のドアを開けた。   「久々だな、慧」  綾人はあの夏の日と同じように、慧に優しく笑いかけた。  綾人の運転で少し街まで戻り、街道沿いのファミレスで食事をしてから山の麓にある綾人の自宅に戻る。  朝からどこか緊張していて、昼もろくに食べられず、そして綾人にようやく再会できて安堵したせいか、慧は綾人が呆れるくらいの量を食べた。    空腹を満足させて綾人の自宅に向かうにつれ、慧は緊張していった。  自分はチョコを渡しにきただけなのに。  身体は触れば弾けてしまうくらい、期待でびんびんになっている。    慧は思う。自分は綾兄にどうされたいのだろうと。 「慧はチョコを届けに来てくれたんだろ」  綾人の視線は、慧の手元の紙袋にあった。  慧は頷く。 「でも、綾兄はきっとモテるから」  適当に選んだチョコなど……ととたんに恥ずかしくなった。 「何言ってるんだ。俺は楽しみにしていたのに」  そう言って綾人は慧の手から紙袋を受け取る。  中には、白い包装紙に包まれた箱。赤いリボンが巻かれている。 「あ……でもそれ、特売で……」  思わず言ってしまった慧である。 「問題ない。慧がくれるならなんでもいい」  そう言って包装紙を外し、綾人はチョコを口にする。  美味い、と言って笑ってくれた。  そんなふうに喜んでくれるなら、言い訳などに使わず、ちゃんとしたチョコを買ってくればよかったなとわずかに後悔が頭をもたげる。  でも……と綾人は先程とは少し違う目で慧を見る。 「俺はチョコより違うものが欲しいな」 「え……?」 「お前が欲しい」   綾人が慧の唇にそれを重ねる。  分け入ってきた舌から、チョコの味がした。   今夜は寒いから、まずは風呂に入れと言われ、綾人の家に戻って一息吐いたらそのまま風呂場に放り込まれた。  慧がチョコの紙袋を持ってうろうろしていた間に湯を張ってくれていたようで、ちゃんと温まれよと言われる。  なんだ一緒に入ってくれないのかと残念な気持を抱きつつも、身体を丹念に洗い、湯船につかる。昔ながらのタイル張りの風呂場はかなり寒くて、慧は首元まで湯に浸かって出てきた。  その間に綾人は家中をエアコンとストーブで温めてくれていたようで、風呂上がりには少し暑いほどだった。  さらにぬかりなく、ホットミルクも用意してくれていて、湯冷めをするな、髪を乾かせ、身体を温めろと世話を焼いてくれる。  慧の髪をドライヤーで乾かし、ホットミルクを飲んでいると綾人も風呂に入ると浴室に消えていった。  暖かいはずなのに、しん、とする室内に少し寒々しさを感じる。やっぱり緊張しているのか。あんなに綾人に会いたかったのに、恋しかったのに、いざとなったら少し緊張している自分がいる。  綾人に会ったら何をされるのか、慧自身が分かっているからだ。  慧がそんなことを考えていると、シャツにスエット姿の綾人が風呂から出てきた。  ドライヤーを持っており、それを慧に差し出す。 「俺の髪を乾かしてよ」  先程綾人がしてくれたように、今度は慧が髪を乾かせという。ソファに座る慧の前に綾人が座り込む。慧はドライヤーのスイッチを入れて、綾人の濡れた髪にかざす。  柔らかい髪が、みるみるうちに乾いていく。慧が左手で頭皮を摩りながら、髪を乾かしていく。  慧から見ると綾人の顔は分からないが、髪を触られて気持ちよさそうで、リラックスしている感じだ。あの綾人が、リラックスしてくれているというのはかなり嬉しい。  慧は口許が緩んでいるのを自覚した。 「なんだ、嬉しそうだな」  それが伝わるのか、綾人が慧に話かける。 「うん……。なんか綾兄が無防備で」  背中を預けるというのはそういうことだろう。髪がほどほどに乾いたので、ドライヤーのスイッチを止めると、ソファにそれを置いて、慧は綾人の首筋にかぶりついた。 「おいっ……!」  慌てたような綾人の声も慧の気を良くした。  キスマークなんてどう付けるのか知らない。だから、慧は綾人の首筋を舐め上げた。  首の裏を、舌が這う。  なんでこんなことを始めたのか、自分でもよく分かっていない。ただ、そうしたかったのだ。  綾人が振り向く。首じゃなくてちゃんと欲しがれと言わんばかりに、体勢を変えて、綾人の口に自分の唇を寄せた。  唇が重なる。舌が絡む。  綾人がくれるものを見届けたくて目を開けていたら、綾人にちゃんと閉じろと笑われてしまった。  唇を交わしながら、綾人が慧をソファに押し倒す。  本気になった綾人の手は早く、慧はみるみるうちに服を剥かれる。パジャマの上着を剥かれて半裸になっても寒さは感じないが、それでも夏ではないから肌がざわつく。  計らずとも立ってしまった乳首を、綾人が口に含む。 「あん……!」  思わず慧の口から、甘い声が上がる。  この広い家に、二人だけ。  この辺りに人はいないというのは、夏の夜を経験して知っている。慧は綾人から与えられる感覚に素直になった。  綾人は左の乳首を舌を使って愛撫すると同時にもう一方も指で捏ねたりつねったりと、刺激を与えてくる。  夏に綾人に集中的に愛されたところで、慧にとっても敏感な場所になっていた。その夏の夜のことを思い出すと、どうしてもうずいてくる場所だ。 「そんなに俺に触って欲しかったか」  綾人の指が、敏感な胸の突起に触れる。思わず肩を揺らす慧に、綾人は笑みを浮かべた。 「あれから、自分でやったか?」  何を? と慧は問い返す。 「オナニー」  あっさりと言われて慧は口を噤む。実は、綾人をおかずに何度も抜いた。綾人がもたらした快感はもちろんのこと、彼の吐息や、喘ぐ口許が忘れられなかった。 「したんだな」  嬉しそうに確認する綾人に慧は頷く。 「だって……」  慧は自分の快感の記憶より、綾人の反応にゾクゾクしていた。  この叔父はそんなことが分かっているのか……。  胸の愛撫だけで、慧の身体は容易く熱くなる。  下半身に熱が集まり、その存在を主張し始める。  綾人の手は乳首からその下……またもや下着の中に唐突に手を入れ、その高ぶりを握り込んだ。 「ああっ……」  他人に触られるが久しぶりで、慧の背筋がしなりあっけなく達してしまう。経験値のなさが見えるようで涙が出てきた。 「う……」  何泣いてるんだ、と綾人にその目に浮かぶ涙を吸い取られる。 「だって……」 「お前は、可愛いな……」  そう愛おしげに呟かれて、慧はいたたまれずに綾人を抱きしめた。風呂に入り同じのディソープを使ってもなお漂う大人の匂いに、慧は安堵感と共に興奮も覚える。  ねえ、と慧は綾人に問い掛ける。いつもされてばかりで、この叔父を満足させているとは思えないという気持もあった。 「オレは……綾兄に、何をあげればいいの?」  見上げた先で慧は見た。  綾人の口許がにやりと笑った。  綾人の私室のベッドに移動し、そのまま二人で全裸になった。  あの夏の夜が脳裏に蘇る。蚊帳の中から出てきて、ふたりでこのベッドの上で愛し合った。……いや愛し合うというより、貪り合ったという表現が近いかもしれない。綾人は慧のあらゆる場所に手を這わせ、口づけ手して官能を引き出し、慧もまた綾人の、大人が見せる性欲に晒された。互いに探りながらも、それぞれのきもちいいことをし合った。  ベッドの上で、綾人は慧の、少し上向きになっている高ぶりに口を付けた。 「あっ……!」  驚いて背筋が跳ねる。  股間が空気にさらされてひんやりとしているが、中止部を暖かくて柔らかいものに包まれる。慧は自分だけ全裸であるとか、もうどうでもよくなった。  綾人が与える快感になんの躊躇いもなく身体を委ねる。  唇と舌の動きに敏感に腰が反応する。 「ああ……っ……ん」  慧の口から漏れるのは言葉にならない喘ぎだけ。股間を支配されて、自由がきかなくなってしまった。  さらに片手で乳首も弄られて、上と下からの刺激に涙が出てくるほどに気持がいい。  綾人が慧の亀頭部分を甘く噛んで舌の先で抉る。  やああ……っん!  言葉がほとばしったのか否なのか。気がつけば、慧は綾人の口腔内に白濁を吐きだしていた。  あまりに快感の山を駆け上がったため、しばらく息を整える。   「慧、挿れて欲しい? それとも俺の中に入りたい?」  そうだったと慧は思い至る。綾人はタチとネコの両方が行けると言っていた。その意味が分からなかったけど、あとあと調べたら挿れる方も挿れられる方も両方いけるという意味だった。  前回のように綾人にすべてを委ねて気持いいことを追うだけというのもいい。でも、女性経験がない慧は、挿入するという感覚に興味があった。クラスメイトにはもう経験した友人がいて、包まれて果てるときの多幸感はないと言っていた。それは男として当然興味がある。でも、綾人のなかは女性と似たような具合なのだろうか……。  自分のなかでは解決仕切れない疑問だ。 「……オレは……綾兄の中に入りたい……」  呻くように呟くと、綾人は頷いた。 「わかった」  綾人がベッド下の収納から取り出したのはチューブ入りの何かとコンドーム。片手でキャップを外すと、それを躊躇いなく左手に出した。  半透明のジェル状の照りが、慧の目を釘付けにする。綾人は苦笑した。 「覚えてる? これ、お前に塗って広げて慣らしたやつだぞ」  知識としては知っている。男同士で抱き合うときは、その場所が濡れないから、ジェルやローションを使うらしい。あのときに自分に使われていたのかというと、慧はぐずぐずでそんな余裕もなく分からなかった。  綾人は指ですり合わせたジェルを、慧の乳首に塗る。 「ん……」  先程とは違う感触が慧を襲い、思わず腰が揺れる。 「これを、あそこに塗るんだ」  綾人は自分の脚を少し広げて、その間の奥に指を這わせる。脚の角度で見えなかったが、その仕草に慧は釘付けになった。  オレにやらせて。  そういったときにはジェルのチューブを手にしていた。  綾人は、いいよ、と応じて、ベッドに横になった。  横向きになり脚を曲げて、双丘の奥に指を入れられるスペースを作ってくれる。そして慧の手を持って、その場所に導いてくれた。    狭い場所に、きゅっとなった場所が指の感触で分かった。それを人差し指の腹で撫でると、綾人がうなずいた。 「そこにジェルを塗って」  慧は言われた通りに、指先にジェルを付けて、その場所を探る。  少し見えにくくて、布団に顔を寄せるが、なんとなく見えるか見えないか。そのきゅっと締まった場所を指で探すと、ジェルを優しく塗った。  綾人の身体がびくんと動いた。  探りやすいように脚を腕で抱えて、横向きに寝てくれている。  さっきの脚を開いてその間から手を入れる体勢の方がエロかったのにな、と慧は思う。    綾人のその場所は最初こそ閉まりきっていて、指の侵入を容易に許してくれなかったが、綾人がもっとぐっと入れて良いよ、と言うので、人差し指をぐっと入れ込んでみると、意外な程に柔らかく入り込んだ。  それは綾人が自分を受け入れてくれているようで、嬉しくなって、ジェルをたっぷり人差し指に付けては、その場所をずっぷり入れ込んでは、抜き差しする。  じっとしていた綾人が、慧の指の動きに呼応するようわずかに動き始めたのに気がついた。 「指……増やして」  綾人が言う。その言葉に熱が篭もっているようで、頷く。指をいったん抜くと、綾人の身体がビクンと動いた。 「ん……」  悩ましげな声が聞こえる。  慧は中指にもジェルを纏わせ、再びその場所を探る。 「見えにくいよ」  慧の抗議に綾人が、探りやすいように抱えていた脚を少し開いてくれた。そのわずかな隙間から、質量が増した性器が見えた。 「さっきの方がよかったのに……」  そう抗議すると、体勢がキツいんだよと言い返された。ならば仕方が無いが、綾人の口調はどこか恥ずかしげで、ホントだろうかとも思った。  慧はその場所に人差し指を入れ込み、それを引いて今度は中指も入れる。 「はっ……」  綾人の口からため息がもれた。  痛かったかな、と慧が心配になる。 「……だいじょぶ?」  そう聞くと、綾人は目を明けて、頷く。 「久々だから……。ちゃんと慣らさないとな……」    久々に受け入れるから。  そうかと慧は気がついた。その言葉はかつて、綾人を抱いた人がいるということだ。いや男の綾人が、ネコでも大丈夫というのだから、それなりに経験を積んでいると分かっていたはず。過去に嫉妬しても仕方が無いことだが、それでももやもやする。  誰かが、綾人のこの場所を指を入れて、怒張したものを差し挿れ、共に果てたということ。綾人は、その誰かにあられもない姿を見せ、身体を開いて受け入れ、絶頂を迎えたということ。こんな綾人が、誰かの視線に晒されたのだ。それは慧の心に火を付けるのに十分だった。  慧はふと思う。この間…綾人はどうしてくれたんだっけ、と。  慧は、綾人のその場所から指を素早く抜く。 「え……けい……?」  驚く綾人の膝頭をそのまま掴み、慧は片脚を逆側に大きく開かせる。その勢いで綾人は横向きから脚を大きく開いた仰向けの状態になった。ふくらはぎをぐっと押して膝を曲げさせる。わずかに堅くなり始めた綾人の性器が露わになり、膝を曲げたことで、その奥の場所も見えた。 「ん……」  敏感な場所が空気に晒されたことで、声が上がる。  脚を腕で留め置き、腰の浮き上がったスペースに枕を入れ込む。 「脚、掴んでて」  慧がそう言って、綾人の手を添える。  これならば、この人の大事なところが丸見えだ。  綾人もそう思ったらしく、口を噤んで顔を逸らした。それでも、拒絶しないところを見ると諾としたようだ。  改めて指にジェルを付けると、露わになったその場所に指を入れ込んだ。 「ん……」  体勢が変わると感じ方も変わるらしい。先程よりも明確に綾人が声を上げた。  それが、これまでとは違う色が含まれてるように思えた。  指の動きは大胆になる。  二本の指は拡張するように、その奥にジェルを塗り込むように、艶めかしく動かす。綾人は、慧の指の動きを受け入れるように、ひたすらに耐えている。しかし、その脚の間にある性器は下生えから硬く上を向き始めている。  綾兄が感じてくれている。慧はそう思うとうれしくて、興奮してきて、気がつかないうちに、性器が大きく形を変え、上を向いていた。  慧は綾人の脚をさらに左右に割り開くと、その性器を口に含む。大人の性的な匂いにクラクラする。 「あっ……!」  予想外の刺激だったのか、綾人が声を上げた。  もちろん右手の指は綾人の中に収まったままだ。先程まで掠る程度にしていた、綾人のその場所をくっと押す。 「やあ……っ!」  綾人の背筋が跳ねる。ぐっと性器が質量を増した。綾人の、慧の指を食むその場所がぐっと締まる。  うれしくなって、綾人は指を大きく抜き差しした。  ぬめったジェルが卑猥な音を立てる。  綾人を惑わしているのが自分であるというのが、慧の気持をさらに煽る。 「慧……」  呼吸を整えながら、綾人が呼ぶ。  腕をかざし、慧を見る。 「来て……」  慧が完全に立ち上がった性器を綾人に晒すと、嬉しそうににジェルと一緒に取り出していたコンドームの封を切り、身体を起こして慧の性器にくるくると装着してくれた。  思えば、自分でゴムを装着したことがないため、どう付けていいのか分からなかったのだ。  いや、おそらく、コンドームというものを見たことも初めてだった。この間抱かれたときにも綾人は着けていたとは思うが、ぐずぐずで見た記憶がない。 「こういうところが可愛いよな……」  綾人がそう呟く。  恥ずかしくなって、慧は綾人の脚を勢いよく割り開いた。  先程のすべてが見える仰向けの体勢で、慧は慎重に綾人のなかに己を埋めていく。 「……う……」  綾人が呻くような声を出した。とっさにその歩みを止めたが「いいから。来い」と誘う。  その声に誘われるように、ふたたび慧は綾人のなかに入り込んでいった。  綾人のなかは先程の指で感じた以上に複雑な動きをしている。暖かくて、気持ちが良くて……まるで、綾人に身体ごと包まれているような……。 「そのまま……、少しずつ……動いて」  動くどころではなく、そのままあっけなく果ててしまいそうな分身を、浅い呼吸を繰り返して、すんでのところで止める。  自分のときは結構キツかったと、気を遣い、慧は腰を少し引いて、そのままそっと挿入してみる。 「……大丈夫。もっと強く……乱暴にしていいから……」  綾人の言葉に……慧の中の何かのスイッチが入った。乱暴にしていいくらい……の経験ある……ということかと思ったのだ。  慧自身、飛躍していると頭の隅で思ったが、快感に支配された頭には、その程度が限界だった。  慧は綾人の膝頭を掴んで腰を引いてから、ぐっと突き上げる。  「あっ……!」  綾人の口から思わず声が漏れる。  それがあまりに官能的で慧の下半身に来た。見ると綾人が口を開けて懸命に呼吸を繰り返している。その赤い舌、白い歯……この愛おしい大人を、こんなに乱れさせてるのが自分だと思うと堪らない気分になる。征服欲……みたいなものなのかもしれない。 「綾……兄……。なんか、ヤバいよ」  慧を完全に迎え入れ、恍惚としてる綾人に慧が語りかける。  もうだめだと思った。  優しくしないとという理性と、むちゃくちゃにして征服したいという本能がせめぎ合う。  綾兄は大事に優しく抱いてくれたじゃないか……。  なのに綾人はこう言った。 「いいよ。慧なら何をされても」  慧が綾人の身体を好きなようにする。  そう考えたら、もう抑制は効かなかった。  今度は少し角度を変えると、綾人が背をしならせて啼いた。快感のポイントを突いたようで、言葉も出ないほどに喘ぎを漏らす。二人の身体の間にある綾人のものは大きく主張し、いまにも弾けそうなほどにふるふると震えている。とっさにそれを手にする。先走りでぬめりがあるところにさらに先程のローションを垂らす。腰を前後させつつ、ゆるゆると刺激を与え、そのローションのぬめりを買って、手で刺激を与え始める。 「あっあっ……」  綾人の喘ぎが慧が腰を突くリズムと合い始める。目がうつろとしており、とても色っぽい。見れば上下する胸の突起は感じすぎているのか真っ赤に腫れ、視線を落としていくと下腹部の肌には先走りとローションの水たまりができている。  こんなに意識を飛ばしつつ全身で感じてくれている。ここまで自分を預けてくれる人って、これまでいただろうかと慧は思う。  夏に綾人に抱かれたときは無我夢中だった。ただ、ひたすら、得られる快感に素直になれと教えられた気がする。そうかと思う。自分が与える快感をまるごと受け入れてくれてくれる相手の健気な姿勢を見ると、こんなにもうれしく、大事にしたいと思うのだ。  目の前の、綾人にもそうだ。包まれている暖かさ、すべてを依存してくれている無防備感に愛おしさが募る。もっと優しく抱きたいと思う一方で、自分によって相手がもっと乱れる姿を見たいとも感じる。  思わず、呟く……。 「綾兄ってこんなに可愛い人だったっけ……」  しかし、その呟きは快感に五感のすべてを委ねている綾人には聞こえなかったようだった。  慧がうごめく腰の動きに揺られ、身体を上下させる綾人の腕が、動いて手が口許にいった。思わず、手を差し伸べてそれを阻止する。 「綾兄……だめ。聞かせてよ。感じてるところ」  すると、そこで誰に抱かれているのかを思い出したようで、綾人は唾を飲み込んで、慧の指を口許にもってきてキスをする。 「慧……お前の初めてを俺にくれ」  どうすればいいのかは身体が知っていた。  がつんと綾人を突き上げる。綾人が大きな喘ぎを漏らす。引いては突き上げる。綾人を追い込む。 「あああっ……」  綾人のあられのない声が部屋に響く。  押さえられることがない快感を伝える声に慧も煽られる。  慧がぐっと己を押し込むと綾人の中が呼応するようにぎゅっと締まる。  綾人の手が衝撃に耐えるように、腰に当てられている枕の端を握った。無意識の行為に慧が興奮する。 「いくよ……」  その宣言に小さく頷いた気がした。  がんがんに突き上げ、綾人がそれに呼応する。  綾人の勃起した性器がゆらゆらと揺れ、白い液体が肌に散らばるのを慧は眺めながら、己の欲望に忠実に綾人を高見まで追い上げる。 「あ……っ、イく……」  ことさら高く突き上げたときに綾人が呻いた。  綾人の性器から白濁が吐き出されて、中がぐっと締め付けられ、慧もそれに搾り取られるようにうっと達した。  身体の力が抜けて、崩れるように綾人に持たれかかった。綾人の腕が、慧の背中に添えられる。  綾人も息が荒い。ふたりでしばらく呼吸を整える。 「慧……」  綾人が呼びかける。 「……気持よかった?」   慧が問う。言葉が欲しかった。態度では綾人はとても乱れてくれた。それを、言葉として表現して欲しかった。 「お前……ヤバい……」  綾人が呟いた。 「……ホントに初めてか……?」  もちろん抱く側は初めてだ。綾人の胸のなかで慧は頷く。綾人は末恐ろしいな、と吐息をついた。  その言葉で、綾人が満足してくれたのは分かった。  慧は身体を起こし、脱力した綾人の脚を持ち上げる。その場所が、どうなっているのかを見たかった。  慧の性器は、綾人の後蕾にぶっすりを埋め込まれていた。下生えと綾人の肌が密着している。そしてわずかに見えるコンドーム。少しグロテスクでエロティックな光景に、再び下半身が刺激を受ける。 「ん……」  自分のなかで形が変わったことが分かったようで、綾人も息を詰める。  もっと、抱きたいという欲求がもたげる。でも、自分が快楽におぼれてしまう前に、言いたいことがある。 「……オレもっと……綾兄を大事にするから。だから……」  こんなふうに自分を受け入れてくれる人、自分を乱れさせてくれる人を、大切にしたいと素直に思った。  ずっと一緒にいてほしいよ……。  綾人は、手をかざし、慧の顔を包み込んで微笑んだ。 「慧。お前は黙って、居なくならないでくれよ……」   【了】

ともだちにシェアしよう!