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ナカガワくん最大の試練
馬橋学院 3年 中川 駿太 18歳
今年ドラフト1位が期待される高校生最強スラッガー。
夏の甲子園でも計6本のホームランを放ち、大会記録タイ。またU-18日本代表でも文句なしの4番バッター、今最もプロ野球選手に近い高校生。
だが。
「お前、プロ志望届よぉ出せたなぁ。」
馬橋学院の職員室で188cm 93kgの大きな身体が背中を丸めて萎縮していた。
「身体は立派に出来上がり始めとるが脳みそが付いてってないなぁ。何やこの点数!」
中川の担任教師は机を少し強く叩いた。そこには夏休み明けの実力テストの中川の解答用紙がズラリ。
「国語15、数学6、英語13、理科35、社会25……ぜーんぶ100点満点のテストやで?」
「で、でもベッタやないやろ⁉︎」
「ベッタじゃボケェ!」
バンッ、と叩く音と同時に中川は怯む。
「明後日の追試、50点中30点取れへんかったら卒業させへんからな。」
「はぁ⁉︎俺もう調査書もきててプロ入るの決まるかもしれへん」
「じゃかあしい!これは廣澤監督や顧問にも言うとるからな!バット振る前に鉛筆動かして勉強せぇ!」
中川駿太、世界選手権よりも大きな壁を乗り越えなければならなくなった。
***
夕飯後の食堂、3年生の部員たちは中川を囲んで座っていた。中川の目の前には数冊の参考書や教科書や問題集が積まれ、隣には教え役の金子 (常に学年10位以内)が禍々しいオーラを放ちながらニコニコと鎮座している。
「駿太、これが範囲って?」
「おう……。」
対面に座っていた2年の畠 (学年20位前後)がパラパラと参考書を捲る。
「中川先輩、これ1年の教科書ですよ?」
「ンなこと知らん!全然わからへん!これ何でフリガナふっとらんの?」
「どれですか?」
「これ……なんて読むん?」
中川は現代文の文章問題を解いていた。問題は夏目漱石の「こゝろ」の一節。中川が指している単語は「寺の境内」。
「なにこれ、カガミウチ?カガミナイ?」
「………駿太、まず漢字の問題からやろか。」
金子はこの調子だと他の教科(特に社会)もまず問題が読めなくなる可能性があるとみて、漢字を教えなければいけないと悟った。
問題集の漢字の読み書き問題。中学生レベルの問題だらけで高校生なら解けて当然だった。数学だけ追試を受ける学年で中の下の成績の八良 でさえ全20問全問正解した問題。
採点をする金子は驚愕した。
「駿太、これなんて書いたん?」
「え?クッシやろ?俺とハチローがよぉ言われとる…。」
中川の回答→「九四」
「これは?」
「オトる。」
中川の回答→「音る」
「……なんやこれ?」
「キョウタン。」
中川の回答→【ただの象形文字】
「…慣用句もなんやこれ…。」
【問題】予算を超えて赤字になること
【回答】( あか )が出る。
【問題】名誉を傷つける。
【回答】( うで )に( 炭 )を塗る。
【問題】もう駄目だと諦める。
【回答】( 土 )を( 集め )る。
この回答を見た人は全員腹筋が崩壊し、中川は顔を真っ赤にして「しばくぞ!」と慌てて反論する。
流石の金子も土を集め…ではなく、匙を投げそうになった。
***
「せやから、なんでhaveにsがつくねん!」
「主語が三人称やからやろ。これ中1の1学期に習うことやで。」
「え、習ったん?」
「お前ええ加減しばくで?」
全員が中川のオツムを諦めかけた。そして金子が最後の手段に出た。
「しゃあない……これはもうテレフォンや。」
金子はスマホを取り出して操作すると、上手いこと立て掛けて中川によく見えるようにした。数コール後、画面に映ったのはキラキラのイケメンだった。
「あ!聖斎 の赤松!」
『あれ?金子くんじゃなくて中川くん?』
金子のスマホからの着信なのに見えているのは中川だからか、聖斎学園の赤松直能 は不思議そうな顔をした。
「こんばんわー、赤松 っちゃん。」
『金子くん?どうしたの?』
「なぁ、赤松っちゃんってめっさ頭ええやろ?」
『そんなことないよ。この前も全国模試は56位だったし。』
(※聖斎学園は平均偏差値70前後の超進学校)
「充分や。今さスマホに映っとるアホに今日明日勉強教えてくれへん?この時間でええから。」
『中川くんに?僕なんかでいいの?』
「こいつの知能ホンマに小学1年で止まっとるわ。漢字も出来へんし…。」
金子が溜息で言葉を詰まらせると、後ろから八良が声をかける。
「シュンちゃん!七の段ゆーて!」
「は?ナメとんのか⁉︎」
中川は八良の方に怖い顔をして向くと、なぜか片手で指折りしながら数える仕草をする。
「しちいちがしち、しちにじゅう…し、しちさんにじゅうご、しちしにじゅうはち、しちごさんじゅうご、しちろくしじゅうはち、しちしちしじゅうく、しちは…ろくじゅうはち、しちくろくじゅうさん!」
言い終えてドヤ顔をみんなに見せる中川。もはや誰も笑えない状況だった。
「あかん…今年のドラフトの目玉いっこ消えたで…。」
「中川先輩…せめて九九は言えましょうよ。」
「シュンちゃん悪いな、今年のドラフトは俺の独壇場やな。」
八良からも笑顔が消えた。
「こんな感じで明後日の追試6割以上の点数取らなあかんねん。日本球界の未来のためにも赤松っちゃんの力貸してくれへんかな?」
『そうだねぇ……うん、中川くんならやれるよ。遠隔だけど僕も協力する。中川くん。』
「あ?なんや?」
『死ぬ気で頭を使おうね。中川くん。』
***
2日後、馬橋学院の職員室。
「なんや中川、やれば出来るやないか。」
担任教師は安心したように6割以上の正答率の回答用紙を眺めて中川をねぎらう。
「………せんせ…。」
「あ?」
「勉強ってこんな大変なんですか?」
「なんでそんな死にそうな顔してんねん。」
「俺…三途の川が見え……た……。」
バターンッ
「ちょ、中川あぁぁぁぁぁ⁉︎しっかりせぇ!」
その様子を遠くから見ていたのは八良とかなちゅんの可愛いカップル。かなちゅんは八良に縋り付いてその光景を怖がった。
「は、ハッちゃん……シュンたん、死んだん?」
「……かなちゅん、お勉強はちゃんとしよな。」
「え?なんでハッちゃん泣いとるん?え、え、どないしたん⁉︎何があったん⁉︎ハッちゃん⁉︎」
中川駿太、松田八良、無事に10月のドラフト会議を迎える準備が整いました、とさ♪
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