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第1話

神柳(かみやなぎ)高校バスケットボール部。 昔からの強豪校ではないが、新主将の冷静な判断力や統率力で力を伸ばしているチーム、と言われている。 「こらっ、弓倉(ゆみくら)! 変なパスするんじゃない!!」  怒鳴るように叱りつけたのは副主将の田畑(たばた)。がっしりとした体格と迫力ある大声で、常に部員達を鍛え上げている。 「えー? でもでも、必殺技みたいでカッコイイでしょ?」  子供っぽく笑うのは二年生の弓倉。体格も性格も子供っぽいが、天性のバスケセンスを持っている、と評されている。 「そんなのただの反則技だろうが! それにお前、また髪染めてきたな!」 「違いまーす。自分は母親がフランス人なんでーす」 「お前……この前はそのネタ、イタリア人、って言ってたよな? お前の下らない言動、俺は全部覚えてるからな!」  まるでコントのようなやり取りに、部員達はゲラゲラ笑っていたが。 「休憩兼ねて合宿のスケジュール確認するぞ」  主将の大嶺(おおみね)の一言で静まり、軍隊のように大嶺を中心に整って集合する。  大嶺は部員とは必要最低限の会話しか交わさず、厳しく叱りつけたりもしない。  しかし試合時のピンチでも慌てない性格と、常に落ち着いたシュート力から、部員達は皆大嶺を尊敬の眼で見ている。 「合宿中に練習試合は二回。聖丈(せいじょう)高校と楷琳(かいりん)高校」  大嶺はあっさりと告げるが、部員達は騒めく。どちらも自校とはレベルの違う強豪校だ。そこで田畑が明るい大声を上げた。 「監督が頼んだんだよ。でもうちらの実力を見せつけてやりたい。気合い入れて行くぞー」  合宿一日目の練習終わり。他部員が去った体育館で、主将と副主将は練習試合のレギュラーを決めていた。   「聖丈との試合、PG(ポイントガード)は二年の弓倉でいいのか? 三年の飯野(いいの)じゃなくて?」  大嶺の問いに田畑は頷く。 「飯野も頑張ってるけど、実力は弓倉が一番だしな」  田畑はしっかりと部員の事を見ている。それは大嶺も分かっていて。 「C(センター)が田畑は適任だが、SG(シューティングガード)は俺でいいのか? 練習試合なら二年生にやらせたほうがいいんじゃないか?」 「実力を見せつけたい、って言っただろ。それは他の部員達も思ってる。だったらSGは大嶺じゃないと駄目だ」  腕を組んで堂々と語る田畑に、大嶺は遠慮がちに俯く。 「ありがとう。そしてやっぱりCのレギュラーだけじゃなく、バスケ部の主将にも田畑が適任だろう。そんなに部員達が見えてるんだし」 「試合で緊張しまくる主将なんて頼りねえだろ」  田畑は苦笑する。どちらが主将になるか、それは去年の三年生が引退した時に真剣に話し合った課題だったから。 「でも、後輩達からも一番信頼されてるし」 「俺はただ親しみやすいってだけで、お前もちゃんと信頼されてるよ」  もうこの話は終わり、といった風に田畑は大嶺の背中を叩く。 「俺はそろそろ休むけど、お前はまたひとりでシュート練習やるのか?」  立ち上がって伸びをした田畑に、大嶺は頷いた。 「あんま無理するなよ。おやすみー」  拳と拳をゴツン、とぶつけ合い。田畑は体育館から出て行った。  そんなふたりに、陰から視線を注ぐひとりの部員が居た。  シュート練習に励む大嶺の背後から、突然弧を描いたボールがゴールリングの端にぶつかった。 「やっべー、外れちゃった」  声に振り向くと弓倉がひとり立っていた。 「こんばんはー、大嶺センパイ。センパイが夜にひとり練習してるとはなんか変な感じですね。でもでも、俺も一緒に夜の練習して良いんでしょ?」  馴れ馴れしく喋りかける後輩を叱りもせず、大嶺は淡々と応える。 「夜の方がシュート練習に集中出来るんだ」 「そっかそっか。夏って夜が一番良い時間帯ですもんね。なんか昔の本にもあったじゃないですか。源氏物語だっけ?」 「枕草子だろ」 素っ気なく答えるが、弓倉は明るい笑顔で返す 「ちょっと外で休憩しません? 夜風は涼しいし、月もキレイですよ」 月明かりの下、ふたり並んで腰を下ろした。 「本当だ、いつも見ている月とは色が違う……」 夜空に浮かぶ月に見惚れる大嶺は、突然肩を強い力で掴まれ、その唇に弓倉の唇が当てられた。 「んっ……う、ん」  重なり合う唇の感触に弓倉は喉から声を漏らすが、大嶺はただ身体を固まらせている。  合わせていた唇を離すと、弓倉は不安げに尋ねる。 「大嶺センパイ、なんかリアクション見せないんですか? 俺を殴ったり、怒鳴ったり、この場から逃げたり」 「そうして欲しいのか?」 大嶺は首を傾げて冷静に尋ねる。 「いえっ、そうじゃないけど。突然ああいう事されたらそうなるかと思ってたから」  慌ててよろめく弓倉の姿に、大嶺はふっ、と笑うと。 「構わないよ。夏の夜だし」 そしてもう一度、夏の月に照らされたふたりは無意識に唇を重ね合わせた。

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