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第4話「お仕事だから」
「ありえないありえない……ありえない!」
「そんな声を荒げるようなことでもないだろう」
高級マンションが並ぶ住宅街の一角から不満の声が上がる。
秒針が鳴り響く部屋。男にしてはしなやかでスラッとした指がもう一人の男の胸倉を掴む。
「なんでこんな仕事引き受けたの……司くん、俺の気持ち考えてる?」
「当たり前だろ。でも、これは本当に良い案件だ。それくらいオマエにだってわかるだろ」
「そうだけど……でも、司くん以外とキスしなきゃいけないような仕事をわざわざ受けなくたっていいじゃん!!!!! 恋人が自分以外の人とキスするの嫌じゃないの!?」
「勿論、嫌だけど。それ以上にこの番組に出演できるのは今売れている旬な若手俳優だけだし、そこにキャスティングされたってことは認められてきてることの証拠でもあるし実績にもなる。擬似デートくらいなんてことないだろうが」
「……わかってないわかってない……わかってないね! そんな簡単な話じゃないから!」
「はぁ……とにかく、受けちまった以上、きちんと仕事こなしてもらわないと困るから。よろしく頼む」
「じゃあ……そのどっかの女優かモデルか知らないけど、キスしたあとはすぐに司くんにキスさせてね! そうじゃないと俺、情緒不安定になりそう」
「わかったわかった、いいから今日は早く寝ろ。朝早いから」
「適当かよ。てか、もうこんな時間!? あとどんくらい寝れる?」
「2時間半」
「うわっ、鬼畜~」
胸倉をパッと離し、何事もなかったかのように寝る支度を整える彼は話題沸騰中の俳優“YUYA”こと“逢沢 勇也”。抱かれたい男ランキングにランクインするほどの二枚目俳優といったところだが、実際はマネージャー兼恋人である俺、“笹本 司”と同棲中の意外と可愛いわがまま王子様。なんだかんだ嫌なことがあってもきっちり仕事をこなす期待の新人。
そんな彼との甘々な日常に危機が訪れるとはこの時、考えてもいなかった。
* * *
「では、今日もよろしくお願いいたします!」
威勢の良い声が現場に響き渡る。
いかにもデートスポットに使われそうなオシャレなカフェでの撮影。
スタッフがせわしなく動き回り、あちらこちらで綿密な計画の最終確認の声が飛び交う。照明の角度やカメラの位置が微調整され、ついに撮影の瞬間がやってきてしまった。張り詰めた空気に心なしか肩に感じる空気も重い。鉛でも乗せられているかのような気分だ。
「YUYAさん、おはようございます! KPIエンターテインメント所属の矢島 美香と申します。本日はよろしくお願いいたします」
椅子に座りボーッと現場を眺めていたら甲高くキラキラとした声が頭上から降ってくる。
声の方面を見ると、スーツ姿でビシッと決めた女性と赤文字系雑誌から出てきたような可愛らしい女性が並んで立っていた。
あ~、これが今日のお相手か。やけにぱっちりした目と人工的なまつ毛、小ぶりな鼻とにんまりあがった口角、シャープな顎。整えられた前髪と緩く巻かれた毛先。量産型女子の筆頭を行く女子代表ってこういう感じなんだ……。うん、司くんの方がよっぽど美人だ。と、心の中でそっと唱える。
自分、性格悪いかな?なんて、若干思いつつも思ってしまった以上は仕方がない。今はよっぽど司くんが好きなんだと身をもって実感したまでだ。
「いつもドラマで拝見してます~」
「おはようございます。本当ですか! 有難うございます。俺はこんなにお綺麗な方とデートできるなんて嬉しくてわくわくしてますよ~! 今日はよろしくお願いいたします」
当たり障りのない挨拶とお世辞を交わし撮影開始の合図を待つ。
撮影の流れとしては、もし二人が付き合っていたら?という疑似恋愛設定である程度の筋書きが書いている台本を基にデートをしていくだけ。
役としてなら別に構わないけれど、YUYAとしてこの人と付き合っていたら?と考えると少し難しい。
男性が女性をリードして、女性が男性の男前さに段々とハマっていき打ち解けていくというのが一般的なのだろうということはわかる。
正直、最後に女性と付き合ったのなんて高校生の頃だし。それからは芸能界でひたすら仕事をして、司くんに出会って恋をして……。大人の女性との付き合いなんてドラマの中の役でしか実戦経験がない。
ましてや、普段は司くんに身を任せっきりなわけだし……。
そうだ。いいことを思いついた。
「準備整いました~! キャストの皆さん、位置確認お願いいたします~」
よし、やってやろうじゃん。
「よろしくお願いいたします~!」
俳優“YUYA”としての表情に切り替え、俺は椅子から立ち上がった。
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