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第12話

それからというもの、一日中上の空で仕事が身に入らなかった。しかも遼河とも何だか気まずい雰囲気で、社内には不穏な空気が漂っていた。 「社長、これ。前言ってたやつです」 「ああ、ありがとう」 プリントの束を俺の机に乗せる遼河は、いつに増しても無愛想だ。この原因を作ったのは紛れもなく俺だが、普段と違う遼河に若干戸惑う気持ちもあった。 「はるっ、大河内」 思わず呼びそうになった名前に躊躇い、改めて苗字で呼び直す。 「何ですか?」 振り返った遼河の瞳はあまりにも冷たさに包まれており、一瞬にして言葉を失う。こんな遼河を見たのはあの時以来か。あの頃、全てを信じられず闇を抱えていた遼河と、似た目をしていた。今は毎日のように笑顔を見せてくれていたから忘れていた。こいつは本当に嫌なことが起こるとこうなるということを。 「あ…、何も無い。引き止めて悪かった」 無理やり笑顔を作ると遼河を帰し目の前の資料に目を向けた。 ダメだ。何も出来ない。あれを説明して助けを求めることも、隠し通して笑い続けることも。どちらも辛く重い選択だ。 昼休み明け。 今日はとある会社と定例会議を開く予定だったため、時間に間に合わせるために一時間前から会社を出た。しかし、昼食も悩み事のせいかまともに喉を通っていかず、ほぼ食べていない状態だ。一応コンビニで簡易ゼリーを買い、飲みながら向かった。 「神崎社長。お久しぶりです」 「ああ、久しぶりだね。そっちはどうだい?また新しく広告を入れたみたいだけど」 予定時間よりも三十分以上前に相手会社に辿り着くと、社長である神崎一に挨拶をする。俺とは違いしっかりと社員を辿ってから親から社長職を譲り受け社長になった方だ。社員の気持ちも考えられるからこそ、この大きな会社をまとめあげることが出来るのだろう。今年で50歳を迎える神崎社長は、俺が会社を立ててすぐの頃に一番サポートして下さって、恩人のようなものだ。 「順調です。そちらの会社のご活躍も拝見しております」 前回の会議は神崎社長が諸事情で欠席をされていたためこうして話すのも約半年ぶりだろう。自然と会話が弾み、お互いに近況を語り合った。 「そう言えば、いつもくっついてきている子は今日居ないんだね。大河内君だったっけ?」 話が一旦区切れると、途端にその名前が出てきた。一瞬にして肩に力が入り、同時に北園の顔までも浮かんでくる。 「あ、ああ…。少し喧嘩してしまいまして。すぐに謝るつもりですが、今日はまた険悪になるといけないので置いてきました」 必死に微笑みを作り答える。こんなこと相談できる内容ではないし、第一男と、社員とこんな関係になっていると知られたら、築き上げてきた信頼が一気に崩れ落ちるだろう。 「そうなのか。早く元に戻るといいね」 神崎社長はいつも通りの物腰柔らかな笑顔で頷いた。

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