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「久遠」7

「ゆっくり休んでね。また連絡するから」  今にも涙が溢れそうになるのを僕は、無理やり作った笑顔で押し込める。玄関を開くと、まだ眩しいぐらいの日差しが、僕の顔を照らし出した。  そのままアパートの方には振り返ることはしないで、僕は駅に向かって歩いていく。足早に歩みを進めていくうちに、涙がボロボロ溢れ出していく。  やっぱり戻って神近くんに「好きだから、何が何でも一緒にいたい」と伝えるべきなのか。踵を返したい思いを、お兄さんの言葉が引き止める。言っていたことは間違いではないし、神近くんの将来や家族を考えれば僕が身を引くことが正しいように思えてしまう。  このまま答えを出さずに卒業までの間、距離を置き続ければ、昔みたいに過去の淡い恋の思い出で終わらせられるかもしれない。考えても考えても、いい案は浮かばなかった。  すれ違う人がぎょっとした目で僕を見た。でも僕は、脇目も振らずにチクチク痛む胸を抱えながら、足を動かし続ける。  微かに震える足を持て余していると、不意に神近くんが言っていた「傷つかない恋愛なんてない」という言葉を思い出す。確かにその通りだった。  何が正解で、何が間違っているのか。どうしたら良かったのか、何処が悪かったのか。恋愛経験の乏しい僕にはそれが分からない。分からなかった。僕はやっぱり、恋人失格だったのだ。

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