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「久遠」6

 僕たちは帰りの電車で一切口を聞かなかった。気まずい空気というよりも、戸惑いと不安と悲しみと、いろんな感情が胸を占めていて、一体どうしたら良いのか分からずにいたのかもしれない。  神近くんのアパートに向かう途中、僕は家族に連絡を取ることにした。無事にこっちに戻ってきた事と、家に帰ることを伝えようと思ったからだ。  神近くんも家に帰ることを引き止めては来なかった。こんな状態で、一緒にいたところで気 まずいだけだと思ったのかもしれない。それとも僕があの時、きっぱりと「嫌です」と言わなかったのが良くなかったのだろうか。神近くんの表情もどこか険しく、ぽつりぽつりと零す言葉はどこか冷めていた。  泣きそうになるのをグッと堪えて、僕はスマホを取り出す。着信履歴に母のスマホから着信が何件も入っていて、不審に思いつつも一先ずは家の方に電話をかける。母がスマホからかけてくるなんて珍しいことだった。普段、家にいる時は家電からかけてくるはずだ。  家にはいないのか、コール音は鳴るのに一向に出る気配がない。買い物にでも行っているのかと、僕は諦めてスマホをポケットにしまった。  神近くんのアパートに着いて荷物をまとめると、「送っていきましょうか?」と神近くんが少し固い口調で聞いてきた。 「ううん。大丈夫だよ。いろいろとありがとね」  そういうつもりで言ったわけじゃなくても、まるで今生の別れのような言葉に僕はグッと胸が苦しくなる。神近くんも眉を顰めて、俯いてしまう。

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