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「久遠」5

「別にバレたって構わない。納得してもらえないなら、俺が家を出たって良い」  神近くんのきっぱりとした口調に、僕は驚いて神近くんに視線を向ける。神近くんは落ち着いた様子で、前を見つめていた。 「智依はそれで良いかもしれない。けど、周りの人間が母さんや父さんを村八分にしたらどうするんだ? それに佐渡くんのご両親だって納得しないかもしれないだろう。二人の恋愛は普通じゃないんだから」  普通じゃない――その言葉に、僕は海の中に投げ出されたような絶望感が襲いかかった。神近くんもさすがに二の句を継げずにいるようで、黙り込んでしまっている。 「智依はちゃんと、今後のことを考えたほうが良いんじゃないかな。それから佐渡くん。僕に智依のことが好きだって言ってくれたけど、残念なことに僕たちの家は神社だからね。家業をやっていると、周囲の評判とかもあるわけだし……わかってくれるよね?」  お兄さんはまるで子供を諭すように優しげな、どこか同情をしているという口調で告げてくる。僕は頷くことも、断ることも出来なかった。  もちろん、神近くんの事は好きだ。本当だったら「別れません」ときっぱり告げるのが、恋人としての正解なのかもしれない。けれども、神近くんの家族のことを考えると、勝手なことは言えなかった。  僕の手を掴んでいた神近くんの手は、冷たくなって微かに震えている。僕はその上に手重ねると静かに口を開く。 「……考えさせてください」  それが僕が言えた唯一の言葉だった。

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