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「久遠」9

 僕は学校に向かいながら姉から聞いた話を、真っ白になった頭で必死に反芻していく。  姉は開口一番、僕が何処にいるか聞いて来た。僕が今、自宅に帰って来たばかりだと知ると、ホッとしたように「良かった」と口にして、その後は「ごめんね」と何度も謝ってきた。家のことも驚いたけれど、姉の取り乱したような声にも唖然とさせられてしまう。いつもとは違う姉の様子が、事の重大さを物語っているようだった。  姉は今、大学の夏休みを利用して北海道にいて、今回の事件の事は母からの電話で知ったらしい。  姉曰く、母が家で洗濯をしていると、突然インターホンが何度も鳴った。インターホンモニターを覗くと、若い女が立っていて「朔矢くんはいますかぁー、居るなら今すぐ、出してください」と間延びしたような口調で何度も繰り返していた。  明らかにおかしいと感じた母は、「いませんので、お引き取りください」と言い返したようだ。すると女は扉をガンガン叩き始め、「出せ!出せ!」と喚き出す。母が警察を呼ぶと告げると、女が立ち去っていった。  ホッとしたのも束の間、しばらくすると壁に何かをぶつける音が聞こえ始める。モニターで確認すると、女が戻ってきて何かをぶちまけていたようだった。危険を感じてすぐに警察に連絡して、母は万が一を考てトイレに鍵をかけて篭った。すると、リビングの方からガラスの割れるガシャンという音が聞こえ、女が喚き散らす声がトイレにまで聞こえてきたそうだ。

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