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「そういえば。那月ちゃん達、遅いね」 「……あー、だな」 スマホを取り出し、操作しながら夏生が出て行く。 それを見送った麻理子が、柔らかな溜め息をひとつついた。 「さっきはあんな事言ったけど。……あー見えて夏生、結構いい所あんのよ」 「……」 「ここだけの話にしといてね」 そう言って、チラリと僕に流し目をした後、再び雛壇の方を見上げる。 「確か……夏生が、小学4年生の頃かなぁ。 雛祭りパーティーの前日の夜。那月ちゃんが、泣きながら家に駆け込んできたの」 ……え…… 驚きを隠せず、麻理子さんの横顔をじっと見つめる。 「今はもう落ち着いていて、仲良しらしいんだけど。……あの頃、那月ちゃんのご両親、よく喧嘩しててね。その度に家を抜け出して、ここに避難してきたのよ」 「……」 「なのに。いつも那月ちゃんはあっけらかんとしてて。こっちが心配になる位、明るく振る舞って。 ──でも、あの日だけは違ってたの」 春のように暖かな昼も、夜になればまだ冬のように寒く。アウター無しでは外に出られない程の気温の中……駆け込んできた那月は、薄手のカーディガンにパジャマ、そして素足にサンダルという出で立ちだった。 「……お父さんが……、 お父さんが、私の雛人形を(ケース)ごと投げて……壊したの……っ、」 「……どうしよう。私、……もう、お嫁に行けない……!」 幼い頃から大切にしていた雛人形が壊されたショックは、相当なものだったんだろう。 両手で顔を覆い、声を震わせながら咽び泣く。 「……んな事で、メソメソすんなよ」 「もし那月が、将来誰とも結婚できなかったら──そん時は、オレが嫁に貰ってやる!」 ぴくんと、那月の肩が大きく跳ねる。 徐に顔から外される両手。見上げた那月の瞼が大きく持ち上がり……潤んだ二つの瞳が、真っ直ぐ夏生を捕らえ── 「我が弟ながら、格好良かったわぁ」 「……」 「あの状況であんな事言われたら、……好きになっちゃうわよ」 「……」 ………そっか。 あの時、そんな事が…… 思い出される、那月の『夏生のお嫁さんになる』宣言。 やっぱり最初から、敵わなかった。 諦めて、二人に拍手を送る事しかできなかったんだ…… 心の中にいる幼い僕の胸が、ツキンと痛む。 「……でもね」

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