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【イカレ竜】グラースの帰郷(8)
長身な獣人達に囲まれているハリスをアンテロごと救出した俺は、とりあえずアンテロを父に渡した。それというのも母はどうにも扱いが心配だったのだ。
「わぁ、可愛いね。見て、竜人の子なのにグラースに似てるよ」
「あぁ、なかなかに愛らしい。良くやった、息子達」
…どんな親でも孫は可愛いらしい。これでしばらくは安心だな。
「グラース様ぁ!!」
「お前はどんだけ絡まれてるんだ!!」
ちょっと目を離すだけで従兄弟どもの玩具になっているハリスを再度救出するとエグエグ泣きながら「シャー!!」と威嚇しているんだが……威嚇になってないぞ、ハリス。
「兄達、頼むからこれで遊ばないでくれ。コイツがいないと正直仕事が上手く回らないんだぞ」
溜息をついて言う俺に、腕を組んだいかにもな獣人達が実に楽しそうな顔をしていた。
「いやぁ、久しぶりに可愛いのがいるからさ。ついな」
「なぁ、それ一晩貸してくれないか? 一皮剥いて返すから」
「剥くな! そして貸さん!」
おかしいな、獣人よりも竜人の方が本来強いはずなんだが…どうしてハリスは勝てないんだ?
「なぁ、ランセル。ハリスは竜人だよな?」
「勿論ですよ? しかもちゃんとした家の者です。そういう者でなければ私の側近にはつけませんから」
だよな。これでも一応王太子だ、その側近なんだから。
「……ハリス」
「はい?」
「お手」
手を出して言えば条件反射のようにハリスは手を置く。それで分かった。コイツ、基本が犬と変わらん!
「あ、いいなそれ! 可愛いお手俺にもして」
「じゃあ、こっちはチンチン」
「うわぁ、ギリマーそれ厭らしい」
いかん、完全に駄目な事した。悪い、ハリス。
「あの、どなたがどれか?」
「俺も分からないっす」
「なに! おい兄達、自己紹介くらいしろ! まずは整列!」
まったく、いじくり倒すだけいじくって自己紹介もまだなのか。口説く前にしろ!
俺の号令に、従兄弟達が並んだ。一番年下の俺の号令に並ぶこの人達もどうなんだよ。
「まずは狼族、ウィレム伯父の息子でフォルコ。これは分かるな?」
長い黒髪に黒い三角の狼の耳。尻尾も黒くスマートな狼の尾だ。瞳は金で鼻梁が通り、ワイルドながらも整った顔をしている。
「先ほどはどうも。どうやら伯父達を黙らせたようで良かったな、ランセル殿。土産はそこのハリスでいいぞ」
からかうように笑って言ったハリスが、珍しくランセルに抱きついてプルプルしている。そのリアクションが余計にこの人達を喜ばせているというのを学習しないのかお前は。堂々とふてぶてしいランセルはむしろ不人気だが。
「次に熊族、カーミュ伯父の息子でスリュム」
グレーがかった茶の髪と丸い熊耳の、2メートルを超える大男がにこやかな顔で前に出る。この人は全てにおいてパーツが大きい。手や足も大きく、鼻は少し丸い。だがそれが人懐っこさや柔和な印象を与える。
「グラースがお世話になっているね。気難しい所もある子だけれど、照れ隠しみたいなものだから、仲良くしてあげてね」
「有り難うございます、スリュム殿」
ニッコリと穏やかに言うこの人の言葉を、俺は半分受け入れられないが、ここで反論しても勝てない事も知っている。結局この人には何を言っても「可愛いんだから」と受け流される。無駄な事はしないんだ。
「次に兎族、メヴィル伯父の息子でレグネルだ」
前に出てきたのは兎族とは思えない長身で立派な体躯の男だ。黄金色の髪と同じ色の垂れた耳が肩に掛かっている。伯父は違うのだが、コイツは何故かロップイヤーだ。瞳は大きく、かつ野性味のある緑色をしている。
「同じ緑竜なのに、そっちのアンタは可愛くないんだな」
「それは実に光栄なことです」
「可愛くない! なぁ、グラースそっちの子くれよ。可愛がるから」
「キシャァァァ!」
ハリスの威嚇が子猫にしか聞こえん。ダメだ、うちに親族肉食か雑食でしかも強引なのが多い。確実に負ける。
「次、虎族ユーファ様の息子でカーディフ」
そこそこ大柄な虎族のカーディフは、大きな金色の瞳をズイッとランセルに寄せる。金の髪に所々白が混じり、耳は先端が黒くなっている。
大抵こんなのが鼻先数センチの所に寄るとビビるものだが、ランセルは怯むどころかニッコリ笑いやがった。それに、カーディフもニヤリと野性味のある男くさい顔で笑った。
「いい度胸だな、あんた。まぁ、グラース攫ったくらいだ、相当だろう」
「そんな。私は奥様の足元にも及びませんよ」
「奥様! おい、グラースお前奥様って呼ばれてるのか! 柄じゃねぇな!」
「煩い黙れ。燃やすぞコラ」
青い炎が揺らめくのを見て、カーディフも引き下がるが、ニヤニヤとした笑みはそのままだ。
「はい次。山猫族のホルティ伯父の息子で、ギリマーとヴィーゴ」
二人出てきた山猫兄弟は、幸いな事に見分けがつく。
一方は茶色く大きな耳に黄金色の緩いくせっ毛で、大きな緑色の目をしている。
そして残る一方は同じく茶色の大きな耳だが先端が僅かに黒く、髪も暗めの銀で大きな青い瞳だ。
「どうも、兄のギリマーです。そっちのハリスだっけ? その子可愛いね。一晩貸して」
「弟のヴィーゴです。正直遊び倒したいので後ろの子貸してください。何なら買い取ります」
兄のギリマーは昔から思った事をそのまま口にする、脳みそよりも下半身に忠実な奴だ。
そして弟のヴィーゴは口調こそごにょごにょと静かだが、言ってる事は兄と変わりがない。そして多分弟のほうが加虐癖がある。
「大事な側近なので、レンタルも買い取りもお断りします」
ニッコリきっぱり言ったランセルに、二人は密かに舌打ちしたが、間違いなく側近は尊敬の眼差しで見ている。俺も安心だ。
「最後、大鷲族のヘイミル伯父の息子でクヌーイだ」
そう言って前に出てきた男は、一番特徴的だろう。
頭に獣人特有の耳はない。尾もない。だがその背中には付け根が白く他が真っ黒な大きな翼が折りたたまれている。髪も長く真っ黒で、切れ長の金の瞳が涼しげな男だ。キリリとした表情は従兄弟達の中では一番なのだが、やっぱり簡単な人ではない。
「…初めまして、クヌーイです」
「初めまして」
以上、会話終了だ。この人は酒を飲ませないと話がスムーズに出来ないタイプの人だ。
ちなみに、心の中ではあれこれダダ漏らしにしてはいけないレベルの事をあれこれ思っている。
一度悪戯好きのギリマーがコイツの日記を盗んだんだが、その後数日寝込んだ。何かと思えば「変態……もぉやだぁ…変質者だよぉ、勘弁してぇ…重いよぉ」という謎のうわごとを言っていた。そして日記はいつのまにか回収されていた。
「とりあえず紹介は終わりだな。本当はまだいるが、今日は来てないんでいい」
「まだいるんですか!」
ランセルがぐったりで返してくるが、いるんだ。大体、一人の伯父に2~3人の子供がいる。うちは俺1人と少なくて、逆に心配されてしまった。
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