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【日常】エッツェル留学記1(5)

 結局この日は人族の区画で食事をして戻ってきた。  食材を買おうにも、そもそもの調理器具が揃っているかを見てからにしたい。食材買っても調理器具なしじゃ話にならないし二度手間だ。  ランス様の屋敷に戻って早速調理器具を確認すると、コンロやオーブン、保存庫などは充実している。食器類もある程度揃っていた。  けれどやっぱり、圧倒的に調理器具が足りていない。鍋もフライパンもお玉もボールもザルも泡立て器もない。一通り買わなければ。 「エッツェルが料理をするのは、意外だな」  ぐったり疲れた僕の側で、グランがそんな事を言う。僕は起き上がるのも億劫にソファーに寝転がり、視線だけを彼に向けている。 「意外ってなんだよ」 「だって、やらなそうだ」 「失礼な奴」 「悪かったって」  苦笑するグランに、僕はそっぽを向いた。腕にクッションを抱いて、尚もゴロゴロだ。  僕の母上は料理が上手い。父が惚れ込んだ一つが、母上の料理だ。僕は末っ子で、特にやることもなく役割もない。だから母上の料理の手伝いをしていた。  一番上の姉上エヴァが主にケーキなどのスイーツ作りを楽しんだように、僕は食事を作るのが好きだ。これと言って役に立たない僕でも、料理を作ると皆がとても嬉しそうな顔をするから。  そんな事で磨いた腕は母上には劣るもののそこらのレストランよりもずっと上手いと自負している。  不意にクシャリと髪を混ぜるように撫でられた。大きくて温かい手が心地いい。でも少しだけ反発がある。初恋拗らせたふて腐れ野郎は面倒臭いんだ。 「拗ねたのか?」 「拗ねた」 「ごめん」 「嫌だ」 「エッツェル」  優しい声が僕を呼んでいる。この声、意外と心地いいんだ。  でも素直じゃない。なんせ失恋してまだ一ヶ月経っていない。気持ちの切り替えなんて全然出来ていない。僕の中にはまだガロン様がいる。  でも母上の言いたかった事は理解した。だから、もう二度とガロン様に迷惑をかけないと誓った。ハロルド様にも謝りたかったけれど、きっと僕が行っても余計に辛い思いをさせてしまうからやらなかった。このままフェードアウトするのが一番いいんだ。  不意に、寂しくなった。僕は国にとって賑やかしで、他国に迷惑をかけて、留学させられて。  もしもこのままいらない子になって、誰も僕を必要としてくれなくなったらどうしよう。母上だって凄く怒っていたし、父上も留学を勧めてきた。  もう帰ってこなくていい。そういう意味だったらどうしよう……。 「ふがぁ!」  不意に鼻を摘ままれて、僕は睨んだ。こっちは真剣に考えていうのになんてことをするんだ!  けれど、見下ろしている紫の瞳はとても真っ直ぐで、とても心配そうで、僕は文句を言うのを忘れていた。 「そんなに不安そうな顔をしないでくれ」 「不安なんて…」 「していた。捨てられた子犬みたいだった」 「!」  グランの言葉に、僕は反論できなかった。不安だった、寂しかった、怖かった。きっと、縋り付くような目をしていたんだろう。それを見られた事は、とても恥ずかしかった。 「もぉ、出てってよ」 「嫌だ」 「なんでさ」 「こんなに苦しそうな顔をした奴を一人にしておけない」 「はぁ?」  尚も真剣な顔で言われて、誤魔化すように素っ頓狂に声を上げる。平気ですよっていうポーズを、頼むから察してよ。情けない顔を見られたくないし、同情なんてものもいらないんだから。  知っている、強がりだって。それでも今は強がっていたいんだ。  でも、グランは僕を包むように抱きしめる。僕を横抱きにしたグランは暴れるのも物ともしない。細くても逞しい体が僕をベッドに運んで、そのまま抱きしめるようにして一緒に横になる。  僕は心臓バクバクで、妙な緊張をしている。 「ちょっと!」 「なに?」 「なに? じゃない! 何で隣に寝てるのさ!」 「寂しいだろ?」 「違うし!」 「泣きそうな顔してる」 「泣かないし!」 「いいから、このまま寝よう。もう夜も遅くなったよ」  何にも良くない。けれどグランは勝手に灯りを落として僕を抱きしめて、そのまま眠ってしまった。  規則的に聞こえる息づかい、側でする心臓の音、触れる体温の温かさ。  僕は真っ赤になりながらも、徐々に落ち着いていく。そして、目の前にある安らぎに目を閉じた。  直ぐに心地よくなって、僕は深く安らかに眠っていった。

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