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カノンを抱っこした大悪魔ヒルルは誰に気づかれることなく動物公園のライオン展示場に降り立った。
周囲にものものしげに張り巡らされた立ち入り禁止のテープ。
ゲート付近にはシャットアウトされたマスコミ関係者が長居しており、園内にまで喧騒が聞こえてきた。
「カフカ、またひとりでお散歩」
明日の午前中に警察による現場検証が入る予定であり、園のスタッフは市民からの問い合わせ対応に忙しく、無人の展示場にカノンの声が小さく響いた。
『おふたりの邪魔はしないにゃ、ボク、ひとりで散歩してくるにゃ』
「あのこは余剰の数になるのを避けているようですね。自分自身をお邪魔虫扱いする。何故ああも固執して距離をおきたがるのでしょう……」
「ふわぁ」
夕食前にひと眠りしたものの、まだまだおねむなカノンをヒルルは恭しく抱き直した。
ひび割れたガラスの前に立つ。
ライオン達は寝室のケージに速やかに戻されて今はただ暗闇に巣食われた檻。
目を閉じたヒルルは革手袋をした手で歪なヒビが刻まれたガラスに触れた。
悪魔の残り香は感じない。
たとえ凡悪魔だろうと同胞の匂いは嗅ぎ分ける、凡悪魔だって、かつて千里にしみついた優等生悪魔ソルルの移り香を執拗に追ってきたように鼻が利く。
より鋭い嗅覚を持つ大悪魔ヒルルが匂いを捉えられないということは、ここにいたあのライオンは、悪魔ではなかった……?
「おめめの色、ちがった」
悪魔界を孵らせた暗黒の翼がひび割れたガラスに過ぎる幻影を、ヒルルは、瞼の下に見た。
貴魔 でしたか。
祖にして父君 。
産み落とした世界に自ら破滅を招き寄せようとした、我輩を愛した、悪魔…………
「ひるる太、おねむ?」
刹那の幻影に囚われかけたヒルルは目を開き、腕の中で眠たげにしている愛しの混血悪魔に微笑みかけた。
「あのひと、おなまえ、教えてくれた」
「そうでしたか」
「らりるれろ」
ヒルルはクスクス笑ってカノンのおでこにそっとキスを落とす。
「カノン、らりるれろではありません、ロレルリアなのです」
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