いつものように昼食のパンと缶コーヒーを持って里崎ユタカは海岸へと向かった。船着場に眼を凝らすと、見覚えのある陰が船の手入れをしている。すぐにユタカの姿に気づいて大きく手を振った。ユタカも笑顔になり、側に行く。 「お疲れ様です、いつもいつも」 「俺はガキの頃からだから。センセ、もう慣れたか？」 真っ黒に日焼けした顔を綻ばせながら言う青年の名はミツル。その表情は無防備なほどの明るさに満ちていて、都会の病院からこの島の診療所に赴任してきて3ヶ月ほどのユタカは、未だにハッとする。ユタカもよく日焼けはしているけれど、それはゴルフやジョギングなどによるものだ。彼の周りに、仕事で日焼けした人間はいなかった。 「センセ、刺身好きか？今度伊勢海老の刺身食わしてやるよ」 物思いに耽っていたユタカは、その言葉に我に返った。 「え、ええ…お刺身は好きですが…そんな高級品…」 するとミツルはまた笑った。 「あのな、こっちの奴らにとっては伊勢海老なんてどってことないんだよ、都会から来た人はありがたがって食ってくれるけどね…そうだな、明後日、また漁に出るから採れたら下宿まで持ってくよ」 不意に心が動いた。 「いいですね、じゃあ刺身をつまみに一杯やりましょうか」 「えっマジ？センセって真面目な人かと思ってたけど案外話せるんだねー」 途端に上機嫌になるミツル。赴任してきた当初からなんだかんだと懐いてきて、けれど狭い島の中で肉体関係は持つまいと自制していたのだった。 ユタカは遊び人ではない。むしろ今時珍しく一途なタイプだ。見た目は背も高く、痩せてはいるが日に焼けて筋肉質で、職場でも飲み屋でもその気になれば相手に不自由はしないが、付き合っている間は浮気はしないし、むやみに手を出す方でもない。 けれど歳下で仔犬のようなミツルに懐かれると、その決心も揺らいでくる。 「…その代わり、襲われても知りませんよ」 ユタカは低い声で言った。 「何言ってんだよー！センセお医者さんでしょ？俺肉体労働だよ、体力違うってー」 冗談だと思い込んでいるミツルはケラケラ笑っている。 第二話に続く