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第1話

「邪魔だ。どけ」 「人より幅取ってんだから隅を歩けよ、おデブちゃん」 「…す…すみません…」 渡来吉埜(わたらいよしの)の耳にそんな侮蔑の言葉が聞こえてきたのは、昼休みの廊下を歩いている時の事だった。 購買で買ったパンを片手に屋上へ向かう途中、雰囲気の悪いやりとりに視線を向けて見れば、背が高く太った生徒と、彼よりも背は低いが平均的な体格の生徒2人が、斜め前方で何やら揉めている姿があった。 背が高くて太った生徒は、吉埜と同じ中2のクラスメイト、古賀静流(こがしずる)。 肩に付くくらいの中途半端な長さの髪は黒く、前髪は鼻先まで伸びていて、お爺さんが好みそうな古臭い銀縁の眼鏡をかけている。 太り気味のせいか目も細く、性格も大人しい為、周囲からはキモイと言われて敬遠されている奴だ。 そして、そんな古賀に絡んでいるのは、三年の先輩2人。 …またか…。 吉埜は、とにかくよく見るこの光景に溜息を吐きだした。 何もしていない古賀に絡む奴が一番悪いのだけれど、古賀の性格があまり一般受けしないという事がそれを引き寄せてしまっている部分がある。 誰しも性格があるから仕方がない事とは言え、それでも古賀のオドオドした態度と、質問にハッキリ答えない態度は、周りの人間をどうしても苛つかせてしまう。 性格や感情を持っている人間同士だからこそ、綺麗事だけでは済まない事もあるし、一度悪循環に陥るとそこから抜け出すのは難しい。 吉埜は溜息を吐きつつも、古賀の優しい部分が裏目に出てそんな態度になってしまっている事をわかっている為に、こういう場面に出くわした時の手助けは惜しまない。 性格が良くても優しくても、それだけでは人とのコミュニケーションは円滑にはいかないという、集団生活の難しさ。ある意味、弱肉強食だ。 「先輩ー。古賀は俺の友達だからあまり苛めないでね?」 吉埜は彼らに近づいていき、古賀の隣に並んで先輩2人にニコっと笑いかけた。 「お、吉埜じゃん。なに、お前こんなオタク野郎と仲良いのかよ」 「やめとけやめとけ。お前なら他に似合ったダチがたくさんいんだろ」 2人は、それまで古賀に対していたのとは180度違ったフレンドリーな様子で答えた。 吉埜は、全体的に色素が薄く、天然茶髪に色白。緩く癖のついた髪と切れ上がった二重の目は、どことなくヤンチャな猫っぽい雰囲気を持つ。 明るくハキハキとした性格で、クラスのムードメーカーでもあり、先輩・同級・後輩関係なく慕われている。 先輩2人は、そんな吉埜と古賀では釣り合わないと言いたいらしい。 吉埜にしてみれば、親しくなるのに外見など関係なく、それよりも中身の方が大切だと思っている。 身なりに気を使ってそれなりにモテている目の前の先輩達よりも、外見はどうであれ、優しい心根を持っている古賀の方が断然好きだ。というより比べる事すら出来ない。 「他の奴は他の奴、古賀は古賀。それぞれで仲良くしてんだからいいの。って事で、俺いまからコイツと昼飯食べに行くんだから連れて行きますよ。じゃ」 ボーっとしている古賀の腕を掴んで先輩達に手を振り、強引にその場から歩き出した。 向かう先は、当初の予定通り屋上。 この学校の屋上は何故か人気(ひとけ)が無く、昼休みになっても誰も来ない。それを良い事に、いつも吉埜はここで気楽に休み時間を過ごしている。 そんな屋上は、やっぱり今日も誰もいなかった。 立ち止まって吹き抜ける風の心地良さに目を細めていると、何やら斜め後ろから心細そうな声が聞こえてきた。 「あ、あの、渡来君」 「ん?なに?」 振り向けば、困ったようにしどろもどろしている古賀の姿が…。 吉埜と目が合うと、途端に顔を真っ赤に染めあげた。 中2男子なのに、恥ずかしがり屋にも程がある。 男同士でこれなら、女子と目を合わせる事なんて絶対に出来ないだろう。 「あの、あの、手を…」 「…手?」 手がどうした…、と疑問に思った吉埜だったが、前髪の奥にある古賀の目が、いまだに繋がれたままの自分達の手を凝視している事に気がついて、ようやく意味がわかった。 吉埜はすっかり忘れていたが、あれからずっと古賀の手を握ったままだったのだ。 「悪い。お前の手握ってんの忘れてた」 男子中学生が2人で手を握って歩く姿は、なんとも言えず滑稽だった事だろう。 自分はあまり気にしないけれど、古賀の性格では恥ずかしい事この上ない状態だったに違いない。 申し訳なくなって急いで手を離し、フェンスの方へと向かう。後ろで戸惑っている気配を感じたから、途中、振り返って呼び寄せた。

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