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第2話
もうすぐ冬が訪れるだろう秋の深いこの時期、日中で太陽の光が差していても暑さはない。それどころか、陽射しがポカポカと暖かく感じるくらいだ。
片膝を立てて座りながら背後のフェンスにカシャンと音を立てて寄り掛かり、後を着いてきていた古賀にも横に座るよう告げた。
そこでようやく気がついた。
「あ…、もしかして古賀、昼飯まだ?」
手ぶら状態の古賀を見れば当然の如く、戸惑った様子で頷かれる。
いつも行き当たりばったりで行動してしまう吉埜は、今日もまた自分の行動に激しく後悔を覚えた。
「悪い。俺が勝手に連れて来ちゃったからだよな」
「…僕、お昼はあまり食べないから…、大丈夫」
恥ずかしそうに微笑む古賀は、大きな外見とは裏腹に物凄く穏やかだ。
なんだか気性の穏やかな大型犬を見ているような気持ちになる。
「お前のその体格で昼食べないわけないだろ。後で絶対腹減るから、これ食べとけよ」
けっこう失礼な事を言っている吉埜だが、てらいの無さに嫌味をまったく感じさせず、逆にこのあっけらかんとした物言いが、吉埜の裏表のない性格を表していた。
白いビニール袋の中から買ったパンを4個取り出して、「どれがいい?」と古賀に差し出すと、最初は首がもげるんじゃないかと心配になるくらい顔を左右に振っていたが、引っ込めない吉埜の様子に諦めたのか、小さな声で「コロッケパンを」と呟いた。
「よしよし、じゃあ、コロッケパンとジャムパンは古賀の分ね。俺は、カツサンドとクリームパン」
コロッケパンと一緒にジャムパンを手渡したら、古賀はあわあわと挙動不審になりながらも、「ありがとう」と言って、またも顔を真っ赤に染め上げて受け取った。
その後は特に話す事もなく、2人で黙々とパンを食べた。
静かな空気は沈黙とも違い、ただ穏やかに時が流れる。
吉埜は、こんな心安らぐ時間を過ごせるのは、古賀の持っている柔らかな雰囲気のおかげだと知っている。
…何故みんなにこの古賀の良さが伝わらないのか…
もどかしさと共に、どうにもできないモヤモヤ感を噛みしめた。
放課後。
学校指定の通学鞄に課題のプリントをしまっていると、机の上に影が差した。
「…?…古賀」
顔を上げると、恥ずかしそうな表情を浮かべた古賀が立っているではないか。
自分から近づいてくるなんて滅多にないのに、どういう風の吹き回しだろう。
珍しいな…、と古賀を見つめると、その顔はやはり毎回の如く真っ赤に染まる。
「…あ、あの…、渡来君、…これ…」
はにかみながら、おずおずと目の前に差し出されたそれは、美味しそうなクリームパイで…。
「………?」
意味がわからない吉埜は、クリームパイと古賀を交互に見てから首を傾げた。
「お…お昼に、パンもらったから、これ、お礼に…。あの、でも、迷惑だったら捨ててくれて構わないから。…あの…、ごめん…、やっぱり、こんなのいらないよね?」
何故か勝手に話が転がり落ちていく古賀に、吉埜は思いっきり溜息を吐いた。
すると、目の前に立つ身体が大きく震える。
「…ごめん」
泣きそうな声と共に立ち去ろうとする古賀の腕を、遠慮なくガシっと掴んだ。
立ち上がった吉埜は小柄で華奢。どう見ても古賀の方が大きいのに、存在感の大きさは比べるまでもない。
「なに勝手に話進めてんだよ」
「ゴ、ゴメ、」
「迷惑だなんて言ってないし思ってない」
「…ン。…………え?」
萎縮していた古賀は、吉埜の言葉にキョトンと目を見開いた。
「腹へってたからめちゃくちゃ嬉しいんだけど」
満面の笑みを浮かべて、古賀の手から細長いパイを貰い受けた。
甘い物が好きな吉埜は、お世辞などではなく本気で喜び、パイを見たままニコニコしている。
それを真正面から見た古賀は、吉埜の無邪気な可愛らしさに思わず顔をほころばせた。
その時。
「吉埜。帰ろうぜ」
教室の入り口からかけられた声が、2人の間にあったホワホワとした空気に爽やかな風を運び込んだ。
「朋晴!」
ドアの所から顔を覗かせたのは、隣のクラスの三井朋晴 。
165の吉埜と178の古賀の中間くらいの身長、運動が得意な為かヒョロイ印象は与えず、切れ長二重の目は涼しげでとにかくモテる。
さらっさらの茶髪が、真面目さを掻き消して親しみやすい。
性格も社交的で男らしく、頼りになる存在として二年生の中でも頭角を表している人物。
そして、吉埜の家の隣に住む幼馴染だ。
2人とも部活に入っていない為、朝晩の登下校はいつも一緒。
今日も吉埜を迎えにきたところだった。
「あれ?話し中だった?」
「いや、大丈夫。じゃあまた明日な、古賀」
「あ、う、うん。またね」
吉埜は、最後にもう一度パイの礼を言ってからドアへ向かい、朋晴と並んで歩き出した。
そんな2人の後ろ姿を見つめる古賀の瞳はどこか寂しそうでもあり、そして、諦めのような色を宿していた。
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