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第18話

「………それは、気の迷いだって。お前は、藤川と付き合った方が幸せになれる。男同士なんて、古賀には無理だ」 力無く笑いながら、吉埜はポツリと呟いた。 古賀は優しいから、きっとどこまでも無理をする。 そうしたら、いつか、治せないような心の傷を負ってしまう事になる。 それはダメだ。今ここで突き放さないと、柔らかな古賀の心がつぶれてしまう。 理性と言う名の最後の杭が、抜けない。…抜いちゃいけない…。 もうこれで終わりにしよう。 吉埜がそう思って踵を返そうとした、その時。 ダンッ!!! 古賀が、拳で横の壁を殴った。 「僕の幸せは僕が決める!誰に何を言われても関係ない!僕は渡来君さえいてくれればいい!渡来君だけが欲しいんだ!なんでそれがわからない!?」 初めて見る古賀の怒りに、吉埜は茫然と立ちすくんだ。 「……無理だと思ってるのは僕じゃない、渡来君の方だよ。……逃げないでほしい。絶対に渡来君を幸せにしてみせるし、僕も不幸になんかならない。渡来君が僕の恋人になってくれないなら、僕は一生誰とも付き合うことはない。その方がよっぽど不幸だと思う」 「………古賀…」 本当に、古賀の事をわかっていなかったらしい。 目の前にいるこの男を、吉埜は、初めてまともに見た気がした。 「…ハァ…、本当にうるさい。近所迷惑だから二人とも出てけよ。痴話喧嘩は自分の家でどうぞ」 「…ッ…朋晴?!」 茫然としたま突っ立っていた吉埜は、いきなり背中を押されてたたらを踏んだ。 振り向こうとする間もなく、玄関に落とされる。 汚れるからとりあえずそこにあった自分の靴に足を突っ込むと、更に後ろから押されて古賀にぶつかった。 「ちょっ…、朋晴?!」 古賀は古賀で、自分の胸元に飛び込む形になった吉埜を支えるように肩を掴む。 「両想いだってわかったんだから、あとは2人で話しあえよ。…意地を張らずにな」 最後にグイッと押されて家から追い出された2人。 暫しの間固まったまま立ち尽くしていたけれど、先に我に返った古賀が優しく吉埜の手を引いて、その場から歩き出した。 そして2人を家から出した朋晴は、完全に閉まったドアに背を預けて座り込んだ。 その顔には、苦い笑みが浮かんでいる。 好きだと全身で訴える古賀と、本人は気が付いていなかったみたいだが、好きだと物語る吉埜の目に浮かんでいた涙。 …参ったな…。 「ホント、やってらんねぇ」 一瞬、辛そうに顔を顰めた朋晴は、「…俺も本気だったんだけどな…」そう一言呟いて、立てた膝に額を押し付けた。 物心ついた時からずっと一緒にいた吉埜。 誰よりも大切な存在。誰よりも愛しい存在。 だからこそ、背中を押した。 何よりも、吉埜の幸せには代えられない。 「…あー…、古賀の代わりに俺が一生独り身だったらどうするよ」 苦しさを隠すように冗談めかして呟いた言葉は、それでもどこか柔らかく温かいものだった。 『もし、』 あの時にチャイムが鳴らなかったら、朋晴はその後にいったい何を言うつもりだったのか。 吉埜は、今となってはもう知る術のないその言葉を、ふと思い出した。 朋晴の胸の内に飲み込まれたその言葉は、聞くべきだったのか聞かなくてよかったのか。 もし聞いてしまったとしたら、誰にとって良かったのか、誰にとって良くなかったのか。 本当に、今となってはわからない。 自分が逃げてしまえば、その分誰かが代わりに傷つく。 時に真実は人を傷つけるけれど、そこには、嘘や誤魔化しによって生じた傷とは比べられない何かがある。 自分の気持ちに嘘をついて、捻じ曲げて、怖がって…、そこから逃げて…。 でも、大切な人達を傷付けてまで、逃げてはいけない。 朋晴の優しさと古賀の強さを受け取った吉埜は、2人の誠実さに対して恥ずかしくない人間にならないといけない、そう強く思った。 「おはよう、吉埜」 「おはよう。静流」 そして迎えた月曜日の朝。 いつもと同じようで、けれどまったく違う一日。 気恥ずかしくも新しい朝が、始まった。 ―END―

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