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第17話

2人で顔を見合わせた後、朋晴が「宅急便かな」と呟きながら部屋を出ていった。 一人になった室内で、吉埜はホッと溜息を吐いた。 なんだか、あまりにも頭の中がグチャグチャしていて、まともな考えが出来ていない気がする。 何かが間違っているような…、小さな針でチクチクと突かれているような変な感じが心の片隅から消えない。 朋晴が戻ってきたら、何をどう言えばいいんだろう。 そもそも、正しい答えなんてあるのか? 開けっぱなしのドアを見て、もう一度溜息を吐きだそうとした吉埜の耳に、いきなりそれは飛び込んできた。 「渡来君!そこにいるんだよね?さっきは信じてもらえなかったけど、もう一度言わせてほしい!僕は、渡来君の事が本当に好きなんだ!」 「……………古賀…?」 階下から聞こえてきたのは、ここにいないはずの人物の声。 いったい何が起きてる? 「古賀、その大声は近所迷惑」 どうやら、さっきのチャイムは宅急便ではなく古賀だったらしい。 大声をたしなめる朋晴の落ち着いた声も聞こえる。 「ごめん三井君。でも、こうでもしないと渡来君の耳には届かないから」 …下にいるのは、誰だ?…古賀は、人前で叫ぶようなこんな事はしないし、こんなに強引な行動もしない。 声は確かに古賀だけど、本物の古賀は、こんな事しない。 そこまで考えた吉埜は、フと小さく笑いをこぼした。 “本物の古賀”…って…、俺は、そこまで言えるほど、古賀の何を知っているのか。 本当は、きっと、逆だ。 これが“本物の古賀”なんだ。 吉埜は、ふらりと立ち上がって廊下へ出た。 階段を途中まで下りれば、目の前にある玄関にたたずむ古賀の姿が視界に入る。 「…渡来君…」 吉埜の姿を見とめた古賀が、その力強い双眸を向けてきた。 朋晴は、壁に背を預けて寄りかかり、ひとまずこの場を静観する構え。 「なんで、古賀が、ここにいるんだよ」 階段の途中で立ち止まったまま問いかけると、古賀は目を逸らさないまま説明した。 それによると、古賀は、吉埜が走り去った後、少ししてからあとを追いかけてきたらしい。 家に帰るものだと思って渡来家に行ってみれば、母親が出てきて、「たぶん朋晴君のところよ」と教えてくれたのだと。 古賀は、吉埜とも朋晴とも同じ学区の同じ中学だ。2人の家が隣同士だなんて事は、とうに知っている。 そこまでは納得できた。 でも、吉埜が聞きたかったのはそんな事じゃない。 「そうじゃなくて、なんでここに来たんだ?って聞いた」 それまで立ち止まっていた吉埜は、自分の感情を抑える為に必死に無表情を装いながら、階段下までおりた。 横の壁際に立っている朋晴の存在を意識しながらも、古賀から視線を外さない。 外したら、全てが、向かってはいけない方向へ流れ出してしまいそうだったから。 「僕の気持ちを、知ってほしかったから。…今じゃないとダメだって思ったから、ここに来た」 「………」 真剣な口調。真剣な眼差し。 吉埜の心臓が、ギュッと痛くなった。 …だって…、そんな事は、ありえないだろ? 「最近は、渡来君が誰かと仲良くする姿を見るだけで苦しくなる。…さっき、藤川さんの事を言っていたけど、僕達は本当に友達だよ。…渡来君の事を好きだって自覚した最初は、こんな想いは迷惑になるだけだからって、渡来君から離れようとした。でも、離れれば離れるほど、好きだって気持ちが大きくなるばかりで…」 「………古賀…」 心臓の鼓動が激しくなるにつれ、息が苦しくなってくる。 これじゃまるで、本当に好きだと言っているみたいじゃないか。 古賀が自分の感情を勘違いしてるんじゃないってことなのか? 「渡来君から避けられるようになって、なんかもう、渡来君に話しかける人全員を無理矢理引き剥がしたくなった。…僕だけの渡来君だったらいいのに…って」 「………」 「誰の事も見てほしくないし、誰からも見られてほしくない。そんな事ばかり考えるようになって。…こんな事を思うのは、迷惑にしかならないから諦めようって、何度も考えた。でも、もう、ダメだよ。僕は渡来君しか好きになれない。渡来君の隣に僕以外の人がいるなんてイヤだ。渡来君にキスするのも抱きしめるのも、同じ時間を過ごすのも、僕以外の人がそれをするなんて絶対にイヤなんだ!」 吉埜は、これは本当の事なんだと、ようやく理解した。 そして、胸の奥底から付き上げてくる熱い塊に、身体が震えた。 …でも、最後の杭が、どうしても抜けない…。

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