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プロローグ

   薄く開いた窓の隙間から鳥の囀りが聞こえていた。  中庭から忍び込む風がカーテンをはためかせ、朝日が昇る前の灰色の景色をのぞかせる。  夏とはいえ、夜明け直後の風はまだ寒い。  ふと胸元に心許なさを感じて視線を下げれば、なるほど寒いはずで、身につけているものは夜着代わりのシャツ一枚だ。  意識はまだ眠りのなかに片足を浸したままだった。ぼんやりとした頭で昨夜どこかへ脱ぎ捨てたはずの衣服を探すと、はたしてそれは寝台の足元へ打ち捨てられるように丸まっていた。  寝台へ身体を残し、はしたなく腕だけを伸ばす。指の先に引っかけた服は殊の外重い。手元まで引き寄せてみたものの、それは虚しく床へと落ちた。  手足の先、隅々まで疲労が薄く張りついている。  下肢が痺れて、身体が怠い。  手首に、腹に、胸に、無数の紅い鬱血があった。生々しく残る昨夜の無体の痕を、指でひとつひとつ辿った。  奥まった場所に感じるぬめり。  溢れるほど注ぎこまれた男の欲望。  瞼を閉じればよみがえる、絡み合うふたつの影。  最後に大きな絶頂を迎えたあと意識を手放したのか、そこから先の記憶はない。  男の手に幾度も天へと導かれ、暴力的なまでの快楽のなかで死を予感した。  しかし、目覚めてみればこのざまだ。  この身は死に入ったところで本物の死は得られず、手酷い快楽に慣れすぎた身体は、一夜明けてもまた次の快楽を欲しがって疼く。  まるで麻薬。きりがないのだ。  口の端に自嘲の笑みが浮かぶ。  気怠い身体はとりとめのないことを考えているうちに、徐々に感覚を取り戻しつつあった。  首をぐるりと回してみる。まず高い天井に目がいく。  レースの天蓋越しに巨大なシャンデリア。カーテン。肖像画。風景画。ランプ。花瓶。  ひとつひとつ順に辿り、ゆっくりと身体に血を巡らせていく。  燭台、椅子、絨毯。  そして視線は最後、隣に眠る男のほうへ。 「あれしきの交合で音を上げるほど清くも繊細な身体でもないだろう、リュシアン・ヴァロー」  薄闇のなか、獅子の鬣にも似た金の髪からのぞく紫の瞳がリュシアンを見て、笑った。

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