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Ⅰ-1
Ⅰ
「どうした、ご自慢の顔とやらがずいぶんと間の抜けた呆け面になっていたが――ああ、昨夜さんざん私に可愛がられた場所がいまだ疼くか、淫乱」
男は目を細め、心なしか弾んだように聞こえる声で、そう言った。
横になったまま寝台へ肘をつき、こちらを見上げている。
美しい男である。
鈍い蜜色の髪はゆるやかな曲線を描いてシーツへ散らばり、窓から差し込む灰色の陽の光に輝きを放っていた。
瞳は紫。長い睫毛の奥で、瞼が眠たげに二三度瞬く。
「私の性技の腕では淫らなお前を満足させるには至らなかっただろう。だが、しかたがない。なにせ私はお前と違って男を悦ばせる術を知らない」
力及ばず面目ない、と殊勝な様子で語るその口ぶりを、リュシアンは実に憎々しげな気持ちで眺めている。
――至らないとは、よく言ったものだ。
なにせこの男はこちらを満足させないどころか、一晩中過ぎた快感に啼かせ、しまいには気を失うまで身体の奥深くを責め立てたのだ。
もう出ないと譫言のように繰り返す華奢な身体を、出ないのなら出さずに達すればいいと、さも楽しげに嬲ってくれた。
呆れるほどに執拗で、おぞましいほどに巧みな手管だった。
おかげでリュシアンは起き上がろうにも下肢に力が入らず、せいぜいこうして身体を起こすのが精一杯。
男が目を覚ます前に、どうにか部屋を出るつもりだった。
しかし男はこちらの動く気配に気づいたのか、昨夜の余韻を必至に身体のなかから追い出そうとしているリュシアンを、黙ったまま意地悪く眺めていたのである。
おかげで、こうして朝から聞くに堪えない誹りを受ける羽目になった。
しかも、
「まあいい。どうやらまだ夜も明け切らないようだ。お前がどうしてもと望むのなら、もう一度か二度、付き合ってやってもいいが」
たっぷり一晩かけてあれだけの精をリュシアンに注いでおきながら、この男はまだ有り余る性欲を持て余している様子なのである。
まったくもって手に負えない。
リュシアンは辟易して、それから耳を澄ませた。
遠く邸の奥でそろそろ人の動く気配がある。
邸の朝は早い。このままなし崩しにもう一戦なだれ込まれれば、朝の支度もままならないうちに、誰か不審に思った者がこの部屋を訪れるだろう。
それだけは避けなければならない。
リュシアン自身と――なにより、この男の矜持を守るためにも。
「旦那様」
――旦那様。
慇懃に、ことさら丁寧にそう呼びかけることで、リュシアンはまず先手を打った。
「おっしゃるとおり、夜明けにはまだ少々お時間があるようでございます。そのような涼しげなお姿でお休みになっては、お風邪を召されるのは必至」
毛布を手に取る。それが寝台の足元に撚れて丸まっていたのは、熱に浮かされた男ふたりが、煩わしさのあまりそれを無意識に隅へと蹴立てたせいだろう。
リュシアンは起ち上がった。どこまでも柔らかな寝台で、いささかよろけながら膝立ちになれば、シャツの下から眩しいほどに白い腿が露わになる。
最奥から伝い落ちる、濡れた感触。
息がかかるほど近くから注がれる熱い視線を無視して、手に持った布で目の前の男の姿を一息に覆い隠した。
目の前に白く盛り上がる大きな塊が出来上がる。
中から、無言の苛立ちが伝わってくる。
視線にさらされた箇所に湧き起こった淫らな誘惑にはきつく目を閉じて、
「さぁ、これでよろしゅうございます、旦那様。温かくなさって、どうぞもう一度お休みくださいませ」
“主の形をしたなにか”へ向かって、従者は早口にそう言い放った。
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