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第1話

「おめでとーーー!!!!」 6月の下旬、ミンミンと鳴き始めた蝉の合唱をかき消すほどの祝福の声。 雲一つ無い綺麗な青空が広がる中、真っ白なウェディングドレス姿の新婦にそっと口付ける新郎。 その姿を見て目頭がジーンと熱くなる。 「ダッチー!おめでとうっ!!」 「響!ありがとうな。」 「ともちゃんのこと、し、幸せに... っ、してや... っ、グスン」 「おいおい、もう泣くのかよ?相変わらず泣き虫だなぁ... 」 眩しいくらいの笑顔で微笑む彼は今日の主役であり俺の大親友。俺の、一番大切な存在。 名字の『安達』から取ったあだ名は『ダッチー』、命名したのは勿論俺だ。 ちなみに『響』っていうのが俺の名前。おまけに言っておくなら名字は筒尾。 真っ白な式場で真っ白なウェディングドレスを着ることが夢だった新婦のともちゃんこと友美ちゃんはダッチーが就職してから付き合い始めたとっても優しくて可愛らしい女の子。 俺も何度も一緒に食事をしたことがあるけど、これほど素直でいい子はいない!と思うくらい素敵な女性だった。 式は滞りなく進み、俺は新郎新婦の家族や親戚よりも先に涙し、友人代表のスピーチは何を言ってるのか分からない酷いものだった。 それでも二人は『響らしくていい』と笑ってくれて、本当に、本当に心から幸せになって欲しいと願った。 式が終わり二次会、三次会と盛り上がりを見せたけれど0時を過ぎたところで解散となった。 引出物の入った大きな紙袋を片手に、フラフラな足取りで適当に見つけたバーに入る。 「なんか、適当に... お酒、くだひゃい... 」 既に浴びるように酒を飲んだ俺は呂律も回らない、ただの酔っ払いだ。 いつもはこんな飲み方しないし、ましてや日付が変わる前に帰宅している優等生。 でも今は、今だけは... こうでもしないとだめだった。 バーテンダーが苦笑いしながら俺にカクテルを出し、それをクッと飲む。 甘い味が口の中に広がって、頭がふわふわする。お酒ってすごい。飲むだけでこんなに気持ちよくなれるんだから。 ハイペースで飲み進めた俺が3杯目のおかわりを注文した時、チリンチリンとベルが鳴って入り口の扉が開いた。 時刻は3時を回った頃。こんな時間でもお客さん来るんだなぁ、なんて思っていると、右隣の席にその客は腰掛けた。 俺が座るカウンター席は横並びで6つ椅子がある。その真ん中に座っている俺。 人との接触を好まない俺。わざわざ横に座らなくても、いつもだったらそう思うだろう。 でも酔っ払った今は、横に人が居る、と思うと話しかけずにはいられない、そんな謎のテンションだった。 「こんばんはぁ」 「こんばんは。いつものお願いします」 「おっ!いつものってかっこいー。常連さん?」 「はは。お兄さん結構飲んでる?」 「はいっ!今日はめでたい日だからねぇ」 親友の結婚式だったんですー、と言うと横に座った客が自分と同じスーツ姿だということに気付いた。 俺のことをお兄さんと呼んだその人は、それこそ『お兄さん』と呼ぶのに相応しい、多分俺より年上の男の人で、茶色のサラサラした髪を横に流し俺を見て笑っていた。 「なんで笑うのー」 「え?いや... 久しぶりに酔っ払いに絡まれたなぁと思って?」 「酔っ払いじゃないよぉ、俺は筒尾 響!今年で23歳になりまっす!」 「へぇ、響くんって言うんだ。」 「お兄さんは?なんてゆーの?」 「俺?うーん... ... アキト。28歳。」 「アキトさんかぁ、ふふ、先輩ですねぇ」 お待たせしました、とアキトさんの注文したお酒が来たところで俺が強引に乾杯し、それから閉店の5時を迎えるまで喋り倒した。 店を出る頃には空は明るくて、あれだけ騒がしかった夜の街は何処に行った?というくらいに静まり返っていた。 ただでさえフラフラだった俺はもう一人じゃ歩けないくらいで、優しいお兄さんのアキトさんが送ってくれるというのに甘えてタクシーを待っていた。 「... タクシー来ませんねぇ」 「そうだね。」 「... ねぇアキトさん、聞いてくれます?」 「はいはい、どうぞ」 朝方だからなのか、通りには車通りがほとんど無く、タクシーを待つ間俺はまだ誰にも話したことのない自分だけの秘密をポツポツと話し出した。 「昨日ね、俺の大親友の結婚式だったんだ」 「うん」 「そいつね、すっげぇ優しいの。優しいしイケメン。嫁さんも可愛いし、超お似合いなんだ」 「うん」 「いつも俺のこと引っ張ってくれて助けてくれて、... っ、」 「... うん」 「俺... っ、そいつのこと... 、ずっと好きだったんだ... っ」 「...... ... そっか。」 ーーそう。俺はもう何年も前からダッチー... 安達達郎に恋していた。 男が男に恋をする、だなんてあり得ないと何度も気持ちを押し殺したけどやっぱりダッチーの顔を見ると思いは溢れて、この気持ちを認めるしかなかった。 だからと言ってダッチーと付き合いたかった訳じゃない。気持ちを伝えたいとも思わなかったし、ただ自分が好きなだけ、それだけで良かった。 でもダッチーにともちゃんという彼女が出来て、幸せそうな二人を見て、もしともちゃんと結婚する日が来たら... その日が来たらこの恋を終わりにしよう、そう決めていた。 だから昨日は俺がダッチーを好きでいれる最後の日。ダッチーへの思いを忘れる日だったんだ。 「いっぱいお酒飲んだら忘れられるかなって思ったけど、無理だったよぉ」 わんわんと泣く俺は子供そのもの。 でもそんな俺の背中を撫でながら頷いてくれるアキトさん。 俺が話終えたタイミングでやっとタクシーが止まり、ふらふらの俺を支えながらアキトさんと一緒に車内に乗り込んだ。 「×××まで」 聞いたことのある地名を運転手に告げたアキトさんは、俺の肩を抱きながら耳元で小さな声で言った。 「大丈夫、俺が忘れさせてあげるから」 低く、そして甘く脳内に響いた声。 朦朧とする意識の中で俺が最後に覚えていたのはこの言葉だった。

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