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第2話

ダッチーの結婚式から1ヶ月。 俺の働く会社は決してブラック企業ではないはずなのに立て続けに辞める人が居たせいで毎日が恐ろしいほどに忙しかった。 朝イチで会議、昼イチで会議、おまけに残業、気付いたら会社で朝を迎える... なんてことがザラにあったおかげで俺はダッチーのことを考えることなんて全くと言っていい程に無かった。 「... つっかれたぁ... ... ... 」 昨日は徹夜してプログラムを変更したから、と同僚が気を使ってくれて久しぶりの定時上がりで帰宅する俺。 座りっぱなしにパソコン画面と睨めっこしていたせいで、足腰が痛いし目も痛い。 「目薬... あったっけ」 鞄の中をゴソゴソと探ると、ヒラリと一枚のメモが足元に落ちた。 ーーー『あの日』、俺は目覚めるとビジネスホテルの一室にいて、枕元に一枚のメモがあった。 『もう飲みすぎないように』 綺麗な文字が並んだ、きっとアキトさんが書いたメモ。 最初は自宅に送る、と言ってくれたものの俺は住所を伝える前に寝落ちたんだろう。... というよりももうダッチーのことを話した辺りから記憶がない。 部屋の料金は支払い済みでバッチリ二日酔いの俺は痛む頭を抱えて自宅に帰ったのだ。 すぐにでもお礼を言ってホテル代を返したい、と思っていたのにそのメモには連絡先なんてものは何処にも書いてなくて、俺は行き場の無い思いをずっと抱えたまま。 このメモも捨てることが出来なくて、こうして鞄の中に潜ませていたのだ。 それは自分のダッチーへの想いを初めて吐露して諦めた、あの日のことを忘れないようにするためなんて格好付けた言い訳で、本当はアキトさんのことが気になって捨てられずにいるのかもしれない。 拾い上げたメモを再び鞄の中に戻し、お目当ての目薬が無かった俺は遠回りして薬局へと向かった。 いつもは通ることは無い人通りの多い商店街。 その薬局が一番近くて、そこに入るとふと見覚えのある男が視界の隅に入った。 もしかして!そう思いゆっくり近付いて背後に立つと、『ああ、間違いない』とそれが誰なのか確信した。 短い髪をツンツン立たせ、うなじにある二つのほくろ。 俺が何年も見てきて想いを寄せていたダッチーの後ろ姿だ。 「たーつろーうくんっ」 「うわぁ!?!?」 どうせなら膝カックンでもしてやろうか、とピンと伸びた膝に自分の膝を当てると、それは見事に決まりその場にうずくまるダッチー。 いつもなら俺がされているのに、珍しい。 そう思ってニヤニヤしながらダッチーの顔を見ると、いきなり現れた俺に相当驚いているようだった。 「なんだぁ、響かぁ... ... 」 「驚きすぎじゃない?ってかダッチーの家ってこの辺だったっけ?職場は逆方向だよね?」 「あ、あぁ... それは、まぁ... ... 」 「買い物?何買いに... ... ... 」 ダッチーの職場は出版社。それは俺の働く会社とこの商店街の向こうにあって、確かダッチーの家はさらにその向こうだったはず。 わざわざこの商店街に来るなんて珍しい、そう思った俺が顔を上げると、ダッチーが立っていた売り場に目が点になる。 「... ... 友美がさ、妊娠したかもしれなくて。」 「ともちゃんが... ?そ、そうなんだ... 」 ダッチーのすぐ後ろに並ぶ『妊娠検査薬』。 それは男の俺やダッチーが使うことはまずあり得なくて、そこに居るということは相手に妊娠の可能性がある、ということで。 「まだ分かんないんだけどさ!医者に行く前に検査したいんだと。今月生理が来てないし最近ずっと吐いてて、俺ももしかしたらって思ってたんだけど... 」 ダッチーとともちゃんが結婚してまだ1ヶ月。 そんなに早く?と思う反面『子供が欲しい』と口癖のように言っていたダッチーを思い出すとそれは自然なことなのかもしれない。 でも、妊娠したということはダッチーとともちゃんが... そういう行為をしてるって言われてるようなもので、俺の頭の中はモヤモヤしたどす黒いものでいっぱいになった。   「... それで、ダッチーが買いに来たの?」 「ああ。友美、もう動けないくらい体調悪いみたいでさ。」 「そうなんだ。でもさぁ、男にそれ買ってこいなんてともちゃんも酷いよな!めちゃくちゃ買いにくいじゃん!」 「いやまぁ... そうなんだけど... 辛そうだし、もしそうなら早く病院連れてきたいし」 「自覚があるなら先に病院いけばいいんじゃないの!?ああでもそうだよな、ダッチーの大切な奥さんの意思を尊重したいよな!!」 「そ、そうだけど... 響、お前どうした?なんか怒ってる?」 「別に?怒ってないよ。あーごめん、俺目薬買いに来たんだった。まだ仕事戻らないといけないし、そろそろ行くわ!」 「え、ちょ、響!?」 背後で自分の名前を呼ぶダッチー。 それに振り返ること無く目薬のある売り場まで進み、目に入った商品を手にとって支払いを済ませると、逃げるように俺は商店街を駆け抜けた。 今までなら絶対にあんなこと言わなかった。 ともちゃんのことを『酷い』なんて言ったことは無いしダッチーの呼び掛けを無視したことも無かった。 でもさっきのはどうしても我慢出来なかったんだ。 諦めたはずなのに、ずっと好きだった人が別の人と子作りをする、その姿が浮かんだだけで嫉妬でおかしくなりそうだった。  「... ... 全然諦めれてないじゃん... ... 」 走りながら俺の視界は滲む。 それが周りに分からないように、下を向いてただただ俺は走った。

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