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第3話

走った先に俺の住むアパートがある訳ではなく、かなり適当に進んでしまったことに俺は愕然とした。 忙しい上に徹夜した身体は疲労困憊しているのにアパートを通り越して隣町に入った所まで来ていたからだ。 居酒屋の立ち並ぶそこは確か結婚式の二次会と三次会で来た場所。 今は思い出したくないのに結婚式で見た二人の幸せそうな笑顔がフラッシュバックする。 「ああもう... ... 最悪だ... ... ... 」 こんなときは酒だ。アルコールに頼らなきゃ忘れられない。 一人で居酒屋に入る、なんてこと本当は素面では出来ない臆病者なのに、俺はただダッチーとともちゃんのことを忘れたい一心で居酒屋の扉を開けた。 「へいらっしゃーい!お一人様ですかぁー!」 「あ、はい」 「カウンター席どうぞー!」 やたらとテンションの高い店員にカウンター席と言われ『ですよね』と更に落ち込む。 どうせなら隅っこの目立たない席で飲みたいのに10席ほどあるカウンター席は既に先客が間隔を空けて座っている。 空席はあるものの座るとなれば知らない客の横に座らなくてはならない、その事がとてつもなく嫌だった。 仕方なく一番端の席に座り生ビールと適当なつまみを注文し、一人でチビチビ飲んではみるもののペースは進まない上に美味しさを全く感じない。 3杯おかわりした所で諦めて支払いをし、俺は居酒屋を出た。 薄暗くなった空をボーッと眺めながらフラフラとアパートに向かう俺は『ダッチーとともちゃんの赤ちゃん』のことを考えていた。 男の子なのか、女の子なのか。どんな顔をしているのか、どんな名前を付けるのか。 きっと笑顔の似合う子なのは確実だろう。あの二人はとてもいい顔で笑うのだから。 考えないようにすればするほど頭の中に浮かぶのはそんなことばかりで気持ちは落ちる一方だった。 アパートの側まで戻ったもののやっぱりこんなんじゃ眠れない。どうにかして少しでも忘れたいと思った俺は再び居酒屋の並ぶ通りまで戻り、『ああ、そうだ』とあの店に行くことにした。 「いらっしゃいませ」 俺が向かったのはアキトさんと出会ったあのバー。 ちょうど時間帯も同じくらい、ということでもしかしたら会えるかも、なんてちょっとだけ期待して前と同じカウンター席に座った。  ビールじゃ酔えなかったし、と強めのアルコールをを注文しそれをまたチビチビと飲み進める。 さっきの居酒屋と違って落ち着いた雰囲気の店内は一人で居ても全く気にならない。 今度こそ酔える気がする、そう思うと自然とペースが上がっていた。 一時間もすればふわふわしたいい気分になって、あれだけ落ち込んでいた気持ちもなんだか軽くなってきた。 今日が平日だからなのかそれとも日付が変わった遅い時間帯だからなのか店内には俺一人。 前来たときは居なかった年配のマスターと会話しながらアルコールを楽しんでいると、チリンチリンと来客を知らせるベルが鳴った。 「こんばんは」 背中越しに聞こえる声は男性だ。 マスターの目線が入ってきた客に向いて『今日も遅いんだね』と言った所からして常連客なのだろうか。 コツコツと足音が響き、自分の右隣にその客が座った。 俺一人しか居ない店内でわざわざここを選ばなくても。きっと素面の俺ならそう思っていただろう。でも今は気持ちがよくて誰かと話がしたい。 ... あれ?こんなこと少し前にもあったような気がするぞ? 一瞬そんなことを考えてから俺は躊躇いもなく右隣に話し掛けた。 「一緒に飲みませんかぁ?」 スーツ姿の男性はちょうど胸ポケットからタバコを取り出す所だった。 見たところ俺よりは年上だけどオジサンではなくて、『お兄さん』ってくらい。 キリッとした目にシュッとした高い鼻、細いフレームの眼鏡。前髪はピッチリ後ろに流していて綺麗なおでこが見えている。全体的に整ったその顔は『イケメン』に分類される。 そしてその顔は何処かで見たことがあった。 テレビ?雑誌?広告?ーーきっとその中のどれかだろう。誰か分からないけど似ている人が居るんだ。 「... いいけど... ... 明日仕事は?」 「ありますよぉー。今めちゃくちゃ忙しいんでっ」 「何時?」 「んーと... 10時には会社に入らなきゃですねぇ。」 「10時って... ... もう数時間後のことだよね?大丈夫なの?」 明日と言われたけど実際は今日の話。 仕事はもちろん行くつもりでセーブしている自覚はあった。... 一応、だけど。 いつも睡眠時間は3~5時間だし、アパートから会社までは最悪走って15分あるかないかの距離だし、ギリギリまで寝ることを考えたら3時過ぎまで飲んでいても大丈夫だと思っていた。 「大丈夫ですっ、それよりお兄さん、飲みましょうよー」 「はぁ... ... ... お兄さん、ねぇ。」 「お兄さんじゃだめでしたか?」 「君は酔うと絡みたくなるタイプなの?」 何がダメだったのだろう?俺の横でため息を付いた客... お兄さんはマスターに一万円札を出した。 「ごめんねマスター、今日はこの子送るから... 」 「え?ちょ、俺まだ飲みたいのに... 」 「バカ。仕事なんでしょ?... ったく、飲みすぎないようにって言ったのに... 」 お兄さんはまだ何も注文していないのに俺の分の支払いをし、俺の腕を掴むとそのまま店を出て通りに立った。 人通りが少なくなったその道はあの日俺が泣いた場所だった。 「あ、あの!お兄さんっ」 「お兄さん、じゃないって」 「っじゃ、じゃあ... オジサン?いやそれは違うか... 」 「そういうことじゃなくて!... ったく、覚えてないの?」 ジッと俺の目を見るお兄さんの顔はやっぱり何処かで見たことがある。 というより誰かに似ている。 「あーもう。... ... ほら、これならどう?」 前髪をクシャクシャっと弄り横に流し、眼鏡を外したお兄さん。 その顔を見て俺はハッとした。 「ア、アキト... さん?」 「正解。」 「嘘、なんで... っ」 「なんではこっちの台詞だよ。見覚えのある子が居るなぁって思ったら響くんだし、しかもまた酔っ払ってるし俺のこと覚えてないみたいだし?」 「え、えと、それは... ... ... ごめんなさい... 」 「いいよ、責めたい訳じゃないから。ただ忘れちゃったのかーってちょっとだけショックだった。」 そう言って意地悪そうに笑うのは、俺が会いたいと願ったあのアキトさんだった。 今思えばなんで分からなかったんだろう?って不思議だけど、前髪を上げるか流すか、眼鏡があるかないかでかなり印象が違って見えた。 俺は今のアキトさんの姿をインプットしていたからさっきの姿じゃ気付けなかったんだろう。 どちらにしてもアキトさんに会えたことは嬉しかった。 何処か別のところで飲み直そうと誘ったけれどそれは断固として拒否されてしまい、アキトさんはタクシーを捕まえて俺と一緒に乗り込んだ。 「今日は寝ちゃだめだからね?」 と軽くデコピンされた俺は仕方なく運転手にアパートの住所を伝え、車移動にしてたった数分の距離をまたもアキトさんの奢りで送って貰った。 大した話は出来なかったのに、ただアキトさんとまた会えた、それだけであんなに落ち込んでいたのが嘘みたいに心が軽くなった俺は部屋の扉を開けるとそのまま玄関でぐっすり眠った。

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