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第4話
翌朝、床で目覚めた俺は若干の二日酔いと身体の痛みに苦しみながらもなんとか始業時刻に間に合う時間に出勤できた。
正直あのまま飲んでいたら遅刻していたかもしれない。いや、自力で家まで帰れなかったかもしれない。
... アキトさんはしっかりしてるなぁ...
山積みの仕事を前にアキトさんの大人っぷりを痛感した。
俺の働く職場はスマホアプリのゲームを制作している会社で、俺はそのデザインに携わる部署に配属されている。
最近は登場するキャラクターの小物、町並み、建物... それらをゲームの世界観に合わせてデザインする為の資料集めに奔走していた。
自分の好きな世界観ならそれは容易いことなのにそうでないと驚くほどに進まない作業。
残業続きなのは今の資料集めが俺の好みでない世界観だからだった。
二日酔いと戦う俺は悲しくも残業となり、定時で帰る同僚を恨めしく思いながらパソコンと雑誌を見ていると、
ヴヴヴ... ...
とデスクの端に置いたスマホが震え、メッセージの受信を知らせる。
いつもなら仕事帰りに確認するのだけれど、煮詰まっていた俺は相手が誰なのかも確認せずにそのメッセージを開いた。
『おっつー!今日残業?夜飯行かない?』
絵文字も顔文字も無いシンプルな文面。
そして差出人に表示されている名前。
それを見た俺はスマホを伏せてため息をついた。
あーあ。また思い出しちゃったよ... 。
見たくなかった『ダッチー』の文字。フルネームじゃなくてわざわざあだ名で登録したしたのは自分なのに、そうしたことを激しく後悔した。
昨日気まずい別れ方をしたのにご飯行こうって... ... 。
ダッチーは何も思わなかったのだろうか?
会いたくない、その気持ちが勝った俺は
『ごめん、何時に終わるか分かんないからまた今度』
とだけ返信し、再びパソコンと雑誌に目を落とした。
✳✳✳✳✳
ダッチーの誘いを断ってから二日後の今日、上司の計らいで驚くことに俺に連休が舞い降りた。
って言い方をするのはシフト制のこの会社で今の時期に連休、というのが相当珍しいからだ。
盆正月はしっかり休みがある分、それ以外は週休二日、そのほとんどが飛び飛びに組まれていて、俺が連休だなんてもう数ヶ月... いや、下手したら一年前ぶりかもしれない。
「最近の筒尾は働きすぎだ」
と上司に心配され、元々休みだった明日に加えゆっくり休めるようにともう一日休みを貰えた俺は心の中でスキップしていた。
一日はベッドの上でゴロゴロしよう。
もう一日は買い物にでも行こうかな。新しい服が欲しいし。あ、映画もいいな、確か好きなアニメが映画化してたはず。
いつもはゴロゴロして終わるつまらない休日が一気に楽しみに変わり、残りの仕事を片付けるスピードは加速した。
今日が金曜日、ということもあって会社を出るといつもより人が多い。
仕事帰りのサラリーマンやOL、カップルに学生…
直帰を考えていたけれど急にそれが勿体ない気がしてしまう。
「明日から休みなんだし... ... 飲みに行こうかな」
俺の頭を過ったのはあのバー。あそこなら一人でも飲みやすかったし、何よりアキトさんに会えるかもしれない。
二度あることは三度ある、とか言うんだし今日こそ前回と前々回のお金を返してお礼を言わなきゃ。
アキトさんに会える、と決まった訳じゃないのに俺はコンビニATMでお金を下ろしてからあのバーへと向かった。
チリンチリンとベルを鳴らし扉を開けると既に何人かの客がカウンターを埋めてはいたものの空席はあって、目が合ったマスターがニコッと微笑んだ。
「こんばんは。またいらしてくれたんですね」
「こんばんは。ここ、居心地がいいから... 」
一番隅の席に座るとマスターが『それは嬉しいなぁ』とまだ注文もしていないのにフルーツの乗った皿を俺の前に置いた。
「え?俺まだ注文... 」
「サービスですよ。あちらのお客様が差し入れしてくれましてね、お裾分け、と言った方がいいでしょうか。」
そう言ってマスターが見る方を覗けば俺と正反対の隅の席に座るオジサンがヒラヒラと手を振っていた。
「あ... ありがとうございます!いただきますっ」
「どうぞどうぞ」
リンゴにオレンジ、メロンにパイン... 色とりどりのフルーツ。
それはどれも甘くて美味しくて俺はあっという間に食べてしまった。
それからいつの間に移動してきたのか、差し入れしたオジサンが横に座っていて俺に話しかけてきて、あれやこれやと自分のことを教えてくれた。
片想いの相手が入院したと聞いてお見舞行けばその人は既婚者で旦那さんと鉢合わせてしまったらしく、行き場のなくなったオジサンはその人が好きだと言っていたフルーツをたんまり乗せた篭盛りをそのままこのバーに持ってきたんだとか。
俺からしたら『お父さん』と呼んでもおかしくないような年齢に見えるその人が独身ということに驚いたが何より同じ年代の想い人を勝手に独身だと思い込んでいたオジサンに驚いた。
ちょっと抜けたところのある残念なオジサンだったけどその話は面白くて、気付けばお酒のペースも上がりオジサンが『また話そう!』と帰る頃には俺はまたふわふわいい気分。
店に入った時間が早かったからか、まだ23時にもなっていない。
「マスター、おかわりぃ」
「... 飲みすぎじゃないですか?」
「大丈夫大丈夫、明日休みだしぃ、それに俺まだ飲みたいしーっ」
「また怒られますよ... ?」
「えー?誰にー?」
苦笑いしながらも俺におかわりの入ったグラスを出すマスター。
一人になると途端につまらなさを感じ、どうせ酔った勢いだ、他の客に話し掛けに行こう。そう思ってグラスを握り席を立った時だった。
「こんばんは」
チリンチリンとベルが鳴り、聞き覚えのある声がした。
「やぁアキト、いらっしゃい」
「今日はお客としてじゃないんだけどね。あれ?響くん?」
グレーのスラックスに白いシャツ姿で前髪をぴっちり後ろに上げている、眼鏡の男性。
それは俺が三度目の出会いを期待してここにやって来た相手、アキトさんだった。
「ア、ア、アキトさぁぁあん!」
「... ... また飲んでるの?本当に君は懲りないんだね」
「え?全然だよぉ!それよりまた会えると思ってなかった!!よかったぁ!」
「マスター、この子どれだけ飲んでる?」
「前回よりはペースが早かったですね... 一応お声は掛けたんですが」
まるで犬が尻尾を振って喜ぶかのようにはしゃぐ俺に大してアキトさんは呆れたような顔で笑っていた。
そしてマスターに『お土産です』と紙袋を渡すと足早に帰ろうとした。
「アキトさん、飲まないの?」
「ああ、今日は車で来ていて... そこに停めてるし長居出来ないんだ。」
「... そうなんだぁ... ... 」
一緒に飲めると思ったのに... 。シュンとした俺は元の席に座り直し、去っていく背中を見送るしかなかった。
「... ... ... ねぇ響くん」
「へ?」
「明日は仕事?」
「違いますよぉ、明日と明後日おやすみです」
「そう。じゃあ... よかったらウチで飲む?」
扉を開いたまま振り返ったアキトさんは俺にまさかの提案をした。
その代わりもうアルコール度数の高いものはダメ、と言われたけどアキトさんと話が出来るならなんでもいい。
残りのお酒をグッと飲み干し今日は自分で支払いを済ませ、俺はアキトさんと一緒にバーを出た。
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