151 / 170

7-11

翌朝はぎこちなくて、夜も陣の家には行ったけれど気まずくて。 このままこの嫌な雰囲気が続いたらどうしようかと思ったけれど、2、3日するといつも通りの陣に戻っていた。 陣が俺と一緒に居るのは、不安だから。 いつまでも『好き』と言わない俺が、離れて行かないかと心配しているから。 そう思うと陣に申し訳なくて、一人になりたいとか陣以外の人と話したいとか遊びたいとか、そんなのは俺のワガママだと思うようになった。 「誕生日、何が食べたい?」 「へ?」 「30日、お前の誕生日だろう?当日は仕事だからちゃんと祝えないが...夕飯くらいお前の好きなものにしよう。」 「あ...そっか。誕生日...。」 陣と普通に話せるように戻ってすぐの夕飯時、向かい合って座りご飯を食べながら出た話題は、忘れていた俺の誕生日の話だった。 9月30日、その日俺は25歳になる。 去年はすっかり忘れていて、誰が祝ってくれる訳でもない誕生日は記憶に薄いものだった。 だけど、今年は一人じゃない。 少し恥ずかしそうに『何が食べたい?』と聞いてくる、俺を一番大切にしてくれる陣が居る。 「えーっと、砂肝と、唐揚げと、枝豆とー...」 「おい。なんだその居酒屋で頼むようなメニューは。」 「好きなんだからいいじゃん!あとカニクリームコロッケと、あ!抹茶のアイス!甘くないやつね!」 「甘くないアイス?それはアイスじゃないだろう。」 「いいの!探して!俺甘いの嫌いだもんっ」 「...面倒な奴だな。まぁいい。探しておく。」 「やった!楽しみにしてる!」 そう思うと、誕生日が特別な日に思えた。 陣にメニューのリクエストをした俺は、まだ10日先の誕生日の夕飯を想像しながら、バランスにうるさい陣が本当にそれを作ってくれるのか?と笑ってしまった。 ***** 「今日は響の方が退社時間が遅いんだったな?」 「うん。17時から来客だったはず...」 「先に帰って支度しておく。しっかり働いてこい。」 「はーい。じゃ、また後で。」 迎えた誕生日当日、朝一番に『おめでとう』と陣に祝ってもらい、俺は25歳になった。 何が変わる訳でもないけど、その一言が俺の心を温かくして、今日1日頑張ろうって気持ちになった。 先に出た陣を見送り、15分後に俺も家を出る。 不思議と陣に対しての不満は薄れていて、それよりも今日の夕飯が楽しみで仕方なかった。 仕事はいつも通り、楽しい訳じゃないけど忙しいこともない。 お昼は食堂でちょっと奮発して一番高い定食を食べて、夕方の来客に備えて資料をまとめていた。 確か相手は...新しい雑誌の担当者だったっけ。 アニメを中心にまとめたその雑誌にクリファンの広告を載せてもらうって話を陣がしてた。 クリファンの良さなら他の誰より伝えられるって俺が担当することになった仕事。 そう思うとやる気が出て、まとめる作業はいつもよりはかどった。 「え?体調不良?...いえ、大丈夫ですよ。お大事にしてください。」 だけど、やっと仕上がるってタイミングでその担当者から電話が入り、体調が悪いから日程を変更してくれと頼まれてしまった。 せっかくやる気を出したのに...とガッカリしたけど、体調不良は仕方ないし、翌週に日程を変えることになった。 そうなると俺はもう仕事が無くて、定時で帰っても問題はない。 でも陣が夕飯を作る時間があるし、それを見て過ごすのはなんとなくつまらない。 (うーん...どうしようかなぁ...) 急にもて余した時間。 それをどう潰すかを定時まで考えることになるとは。 ...でも仕方ない。このことを陣に伝えて一緒に上がろう。 そう決めて席を立った時だった。 「筒尾さーん!来客でーす!」 17時より前、16時半を過ぎた頃だった。 俺の名前が呼ばれ、『玄関にお客様です』と伝えられた。 さっき電話で日程変更したはずなのに?と不思議に思いながらも小走りで玄関まで向かうと、受付のお姉さんと談笑している女の子の姿が視界に入った。 「お待たせしました、筒尾で......」 誰か知らないけど、とりあえず俺に来客なら挨拶しなきゃ。 そう思って名乗った瞬間、振り返って俺を見た女の子に言葉を失う。 前に見たときは短かった髪は、肩の辺りまで伸びていたけれど、その顔は全く変わらない。 「...お久しぶりです。筒尾さん。」 その声も、俺が初めて聞いた時と同じ。 ふわふわしたワンピースに上着を軽く羽織って、高さのある靴を履いているせいで少し背が高くなったように感じたけれど、それでも俺より小さいその女の子は、はっきりと俺の名前を呼んだ。 「ま...つはら...さん...?」 「...お話があって来ました。お時間、いいですか?」 俺の働く会社に突如現れた女の子、それは見間違えたりしない。 松原晶だった。

ともだちにシェアしよう!