152 / 170
7-12
なんで、どうして彼女がここにいる...?
真っ直ぐ俺の目を見る松原と、動揺を隠せない俺。
受付のお姉さんは松原を俺の来客だと思っているらしく、俺の様子を不思議そうに見ていた。
松原の職場...暁斗さんと、ダッチーの働くあの出版社とはクリファンの企画で繋がってはいたものの、今は打ち合わせも落ち着いていて、この先の予定はまだ決まっていなかったはず。
だから、松原がここに居る理由が分からなかった。
俺を指名し、わざわざ俺の前に現れる理由が...。
「...そんなに警戒しないで下さい。私はただ、筒尾さんにお話したいことがあるだけです。」
「俺に...話したいこと...?」
「...ここだと人目が気になります。外、出れますか?」
俺だけに聞こえるよう、小声でそう言った松原。
営業部では外出は頻繁にあるから、絶対に許可を取らなきゃいけない訳じゃない。
だけど相手が松原晶だ。もし、一緒に居るところを誰かに見られたら...それが陣だったら、変に疑われるかもしれない。
「外出許可取ってきます。少し、待ってて下さい。」
そう考えた俺は、一度戻って主任である陣に外出許可を取ることにした。
『17時から来客予定がある』そう予め知っていた陣は、先方が早めに来たと思ったのだろう、特に何も言わず外出許可を出し、そして『先に帰って準備しておく。』と耳打ちした。
本当は陣の思っている来客対応なんかじゃない。電源に出たのは俺で、日程変更したことを知っているのは俺しか居ない。
俺だけが、この外出が個人的なものだと分かっていて、陣に嘘を吐いた罪悪感が胸をいっぱいにする。
だけど、あの松原の目が、松原の話したいことがどうしても気になって、俺は足早に玄関に戻った。
「...で、どうしたらいい...ですか?」
「敬語は使わなくて大丈夫です。多分、筒尾さんの方が年上なので。」
「...分かった。」
「出来れば誰も居ない...二人きりになれる所がいいです。」
「二人きりって......」
「誰にも、筒尾さん以外誰にも聞かれたくないんです。」
「......」
二人きりになれる場所、それは都会では難しいことだった。
カフェも、ファミレスも、公園だって人が居る。打ち合わせは大抵どちらかの会社でしていたし、稀に外でしたとしてもここまで人目を気にされたことはない。
でも、俺も松原と一緒に居る所を誰かに見られることは避けたかった。
もうすぐ定時を迎え、陣を含めた社員の大半が帰路に着く。となればこの周辺で目撃される可能性は高い。変な噂が流れでもしたら困る。
そうなったら何処がある?
二人きりで、周りの目を気にしなくてもいい場所...
「...少し歩くけど...それでもいい?」
「はい。大丈夫です。」
考えた末俺の頭に浮かんだのは、しばらく帰って居ない自分のアパートの部屋だった。
*****
「...最近帰って無かったから汚いけど...」
「気にしません。お邪魔します。」
会社から徒歩圏内とは言えど近くはないアパート。
ウチの社員が近くに住んでいることもないし、陣が定時で上がっても直帰すると分かっているからここを選んだ。
二人きりで、人目を気にせず話せる空間。
それはもう個人の部屋だと思ったのだ。
俺自信久しぶりに入った部屋は、とてもじゃないけど綺麗とは言えなかった。
女の子が埃っぽい部屋に入ることを拒みたくなるような、じめっとした空気。
それでも松原は躊躇いもなく靴を脱いで部屋に上がった。
「...本当に帰ってないから何も無くて...あったかい飲み物なら出せるけど...」
「気にしないで下さい。私は筒尾さんとお話するためにここへ来たんです。」
「......」
「筒尾さん、今から私が話すこと...ちゃんと最後まで聞いて下さい。お願いします...。」
狭い部屋のベッドを背もたれにし、並んで座る松原は声を震わせながらそう言った。
何を話すのか...なんとなく、なんとなくだけど分かる気がするのはその声のせいなのだろうか。
『分かった』と俺が答えると、松原は静かに話し出した。
ともだちにシェアしよう!