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「...私がお話したいことは...京極さんのことです。」 一言、その一言で俺は『ああ、やっぱり』と自分の勘が当たっていたとため息を吐いた。 松原が俺に話すことなんて一つしかない。 俺が暁斗さんと別れたきっかけになった原因とも言える存在。 ...きっと、言い訳をしにきたんだ。そう思った。 「筒尾さん、きっと私の話なんて聞きたくないと思います。嘘に聞こえるかもしれない。...だけど今から話すことは本当のことです。信じて、聞いてください...」 松原は俺のため息に気付くと、必死にそう言った。 その真剣な声と松原の目が、嘘を吐いているようには思えなくて...。『言い訳』、そう分かっていたけれど俺は松原の話に耳を傾けた。 「...私と京極さんは、上司と部下...それもかなりバカな部下として一緒に働いていました。入社して、京極さんが私を教育してくれることになったからです。」 『バカな部下』、暁斗さんの口から聞いたことのある言葉。 暁斗さんが話していた新人がこの松原晶だったということは、前に聞いたから知っている。 「入社してしばらく経ってから、時期外れの研修旅行がありました私だけがそれの対象で、教育を担当している京極さんは強制的にそれに参加しなきゃいけませんでした。」 これは初めて知ったことだった。 研修旅行、それは暁斗さんから聞いていて、連絡も取れないと聞いていた。だから俺は仕事に打ち込んだのに...。まさか、それが二人きり...しかも女の子の松原とだっただなんて、その時何かがあったとしか思えなかった。 「旅行と言っても、勿論部屋は別々ですし、毎日研修しかしていません。私は仕事を学びたくて、それだけの気持ちで参加したんです。」 『私は』と強調する松原が言いたいことは、つまり暁斗さんが松原に迫った、ということなんだろう。...わざわざこんなことを言いに来たのか。 ちゃんと聞こうと思っていたけれど、ここまでで俺は十分だった。 これ以上二人のことを聞いて、俺になんの徳がある? もういい、そう言おうとすると、松原の口が先に動いた。 「最終日、私がドジをしたせいで予定より帰りが遅くなりました。...京極さんも巻き込んで、申し訳ないことをしたと思っています。...それで...京極さんと別れてから一人で帰っている途中、私は......」 「...どうしたの」 「っ、すいません。...私は、強姦されそうになりました。時間が遅かったから近道をしようとして、人気のない道を選んだせいなんです。自分が悪いんです。」 「......」 「でも未遂に終わりました。少し怪我はしたけど、何かされる前に逃げれて...。でもそれから夜道が怖くて、中々帰ることが出来なくて...。仕事はミスばかりだし、京極さんも私に合わせて残業ばかりさせてしまいました。」 松原の口から出た話は、俺の想像していた内容とは違っていた。 確かに誰が見ても『可愛い』と言うであろう、松原みたいな女の子が夜道を1人で歩くことは正しくないと思う。 それが未遂とは言えトラウマになるのも理解できる。 「...ある日1人で帰り道を歩いていたとき、怖くて仕方なくなって動けなくなりました。ただ後ろを人が歩いていただけなのに、追いかけられてるんじゃないかって勝手にパニックになって...。そんなとき、たまたま帰宅中の京極さんが私を見つけて...その時私は襲われたことを話してしまったんです。」 松原のその言葉が、暁斗さんが松原を車に乗せていた理由だったと気付いたのはすぐだった。 部下が襲われた、そう聞いた暁斗さんが放っておく訳がない。ましてやそれが女の子で、残業後の遅い時間に1人で帰宅するなんて、次こそ本当に襲われる可能性は高いと考えるだろう。 「それから京極さんは私が乗るバス...私はこの辺りに住んでる訳じゃないので、バスと徒歩で通勤しているんですが...バス停まで送って下さるようになりました。」 俺があの日見た光景、俺が日常的に松原を車に乗せていると知った日、それは理由があってのことだったんだ。 「京極さんは私の教育以外にもいくつか仕事を抱えていて...だから私をバス停まで送って、それから会社に戻って仕事をしていたそうです。」 そして暁斗さんのあの日の俺の質問への答えが間違ってはいなかったことを、俺は松原の話を聞いてようやく理解することが出来た。

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