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そして松原晶は、暁斗さんと共にしていたことを説明した。
本来、新入社員は入社と同時に予め決められた部署に配属されるらしいけど、松原は途中入社で、人員不足だという部署も無かった上に強く希望する配属先も無くて行き場を失っていたそうだ。
だけどこの会社で働きたいという気持ちだけは他の人より数倍強く、色んな部署で働いた経験のある暁斗さんの側で仕事を学ぶことになったらしい。
編集、作家の担当、営業を少しずつ噛るように経験し、その中で『取材の経験』として会社周辺の飲食店を回ったこともあるそうだ。
その時期と場所、そして時間を聞くと、それは俺が目撃したあのパン屋も含まれていたことが分かり、あれも『仕事』だったと分かった。
だけど、そんな仕事の話じゃ片付けられないことが一つだけもモヤモヤした塊となって残っている。
松原が暁斗さんの部屋に入り、そして俺に知られちゃいけないと話していたことだ。
他の2つは納得出来ない訳じゃなかったけど、これだけは浮気以外に理由があるとは思えなかった。
そもそも松原がここへ来てこの話をすることに何の意味があるのか。
もう終わった俺たちのことを、俺以上に把握していたと自慢したいのか?
...確かに俺は何も知らなかった。何も聞けなかった。
だけどそれは暁斗さんが俺に隠し事をしたからだ。暁斗さんが、松原と浮気していたことを隠したからなのに。
そう思うと、黙って話を聞いていた俺だけど少しずつイライラが募り始めた。
「話は、それだけ?」
「...一通りは...。」
「そっか。」
松原も、暁斗さんと同じように隠し事をしている。
俺があの日ベランダに居たことを知らないから、俺があの会話を聞いていたことを知らないから、ここまでベラベラと話すことができたんだろう。
でも俺は知っている。二人が上司と部下以上の関係だったんだと、暁斗さんの部屋に入っていたことを隠そうとしていたことを。
「...まだあるでしょ?俺、知ってるよ?」
「え...?」
「はっきり言ってもらった方が良かったんだけど。...ねぇ、松原さんは俺にそれを話して何がしたいの?」
「つ...筒尾さん...?」
「...二人は上司と部下、一緒に仕事をしていた。それだけじゃないでしょ?付き合ってたんでしょ?俺にそれを隠してたんでしょ?」
本当は言うつもりなんてなかった。
暁斗さんにも、松原にも、二人が付き合ってるのか?だなんて、聞きたくなかった。
だけどどんどん広がる苛立ちは止められなくて、俺の口は勝手に言葉を発する。
「俺に話してスッキリした?これで安心して暁斗さんと付き合える?」
「ちが...っ、違います!!それは誤解なんです!!」
「誤解?何が?ダッチーも言ってたよね。二人はいつも一緒で噂もあったって。」
「だからそれが!それが誤解...っ!」
「もういいよ。...俺、知ってるよ?松原さんは暁斗さんの部屋に、入ったよね?」
「っ!?」
「その事を俺に知られちゃマズかったんだよね?」
「......」
「なんで?何もないなら、付き合ってないなら、知られてもいいよね?俺と暁斗さんが付き合ってること知ってるなら、尚更隠したりしないよね?」
松原は俺が『部屋に入っていたことを知っている』と言った途端表情を変えた。
焦りが見えて、饒舌に話していた言葉が途切れた。
「上司の部屋に部下が...しかも女の子が。それを隠さなきゃいけない理由って何?何かあるから隠したかったんだよね?松原さんが部屋に入ったことが一度じゃないことも知ってるよ?」
「...な...んで...それを...?」
「なんで?...ああ、そうか。絶対バレないって自信あった?...俺ね、暁斗さんの部屋で暁斗さんを驚かせようって隠れて待ってた日があったんだ。そしたら二人が部屋に入ってきて、話していたことを聞いたんだよ。」
「......っ、」
「もうハッキリ言ってくれない?暁斗さんと付き合ってるって。暁斗さんが浮気してたって。...もう俺たち終わってるし、それを今更どうこう言わないからさ。」
そうだ、俺たちはもう別れてるんだ。
だから今暁斗さんが浮気してたことを知ったって、松原からそのことを聞いたって、何が変わる訳でもないんだ。
俺は陣を選んだ。俺には陣が居る。
捨てきれなかった思いを、松原に暁斗さんの浮気を認めてもらえば、今度こそ本当に捨てられる気がする。
俺は、『早く言って』と急かすように松原の顔を見た。
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