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「......付き合ってません」 「まだ隠すの?」 「隠してません。付き合っていない、それが事実だからです。」 「...はぁ。悪いけど俺もそろそろ怒るよ?暁斗さんにも松原さんにも隠されて、俺の気持ち分かんないでしょ?もうハッキリしてよ!俺を解放してよ!!!」 こんなに声を荒らげるなんて思わなかった。 だけど、ハッキリ見て聞いたことを伝えても尚『付き合っていない』と言い張る松原にイライラが頂点に達した俺は我慢出来なかった。 あの日俺が暁斗さんに裏切られて、どれだけ辛い思いをして、傷付いて、泣いたのかを知らない松原が許せないと思ったんだ。 『解放して』 いい加減認めて、そして暁斗さんのことを忘れさせて欲しい、俺の素直な気持ちが溢れると、松原は鞄の中に手を伸ばした。 「...ごめんなさい。そこまで筒尾さんを追い詰めてしまって、本当にごめんなさい。」 「謝って欲しいんじゃない。俺はただ嘘を吐いて欲しくないだけ。」 「嘘は吐いてません。私、嘘つきが大嫌いなんです。」 「はぁ?じゃあ説明しろよ!なんで暁斗さんの部屋にいたのか!何をしてたのか!なんで俺に隠したのか!」 叫ぶようにそう言うと、松原は鞄の中から小さな箱を取り出して俺の前に差し出した。 俺より小さな松原の手のひらにも収まるサイズの正方形の箱。 「お話しします。ちゃんと、全部。京極さんには絶対言うなって言われてたけど...嘘つき扱いはされたくないので。」 そう言った松原晶の瞳には、もう焦りは無かった。 ***** 「...う...そ...、嘘だ...」 「本当です。本当だから京極さんは筒尾さんに言えなかったんです。」 「そんなの...!話してくれなきゃ分かんなかったのに...っ」 「...そうですよね...。私もそう思います。だから何度も言いました。筒尾さんに言うべきだって...。」 松原晶から『全て』を聞いた俺は混乱していた。 受け取った箱と、聞いた話と、そして別れる前の俺たちのこと...それはあまりに一致しすぎていたからだ。 「だから筒尾さん、私は京極さんと付き合ってなんかいません。京極さんも浮気なんて...出来るわけないでしょう?こんなに筒尾さんを想ってる人がそんなこと。」 「っ、じゃあ...っ、じゃあ俺は...っ、勘違いしてたの?」 「勘違い...になるんですかね...。でも私が筒尾さんの立場なら、きっと同じことを思って別れると思います。」 「...っ、」 「筒尾さん...、筒尾さんと京極さんは、別れる必要なんて無かったんです。私はずっとそのことを言いたかった。...本当はここまで知ってると思わなかったので、それもお渡しするつもりはなかったんですよ。でも無理でした。」 全てを知った俺の頬には涙が伝っていた。 松原の...女の子の前だというのに、恥も忘れて泣いてしまうくらいに今聞いた話が嬉しかったと思ったからだ。 暁斗さんの気持ち、俺の知らなかった事実。 どうしてそれを隠したのかも、そうしなければならなかったのかも、全てを聞いた今なら信じられる。 「それともう一つ...これも口止めされていたんですが...。京極さん、今日付けで会社を辞めました。」 松原が付け加えるように教えてくれた、もう一つの暁斗さんのこと。 それはさっき聞いた話とは別の衝撃だった。 「理由は私もよく知らないんですが...私の教育期間が終わってすぐ決めたそうです。引き継ぐことが多くて、9月末までってなって...。」 「そ...うなんだ...」 「引っ越しもされたそうです。多分、もうあの部屋には住んでいないと思います。」 「え......」 暁斗さんが、仕事を辞めた? あの部屋に住んでいない...? なんで、どうして? 「...今夜21時から京極さんの送別会をします。それが終わったら、私も京極さんと会うことはありません。」 「......」 「筒尾さん...、京極さんと会って、ちゃんとお話しなくていいですか?私の口からじゃなくて、京極さんから本当のことを聞かなくても...いいんですか?」 「...でも...もう別れたし...っ、それに俺には今...付き合ってる人が...」 「それも知ってます。...だけど...筒尾さん、泣いてますよね?さっきは怒ってた...。それだけまだ京極さんのことを想ってるんですよね?」 「それは...!そうじゃなくて、ただ...」 「...私は二人がすれ違ったまま別れてしまうことが嫌だったんです。だから筒尾さんによりを戻せとかそういうことが言いたいんじゃありませんよ?本当にこのままで良いのか...それだけ、考えてみてください。」 松原はそう言うと、俺に一枚のメモを渡した。 送別会の場所と、それが終わる大体の時間が書かれたメモ。 それを受け取る俺の手は震えていた。 「私の話、聞いて下さってありがとうございました...。お邪魔しました。」 松原が部屋を出たあとも、涙と震えは止まらなかった。 俺には陣が居る。陣を好きになる。 そう決めたのに、その決断を崩すような真実。 部屋の時計の針は20時前を指していて、松原と三時間近く話していたことに気付くと同時に、家で俺を待っている陣の存在を思い出す。 帰らなきゃ。陣が待ってる家に、帰らなきゃ。 だけど身体は動かなくて、俺が陣の家に戻ったのはそれから二時間後のことだった。

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