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「響!?お前こんな時間まで...」
「...ごめん陣。ちょっとトラブっちゃって」
「トラブル?何か揉めたのか?」
「ううん。話は盛り上がったんだけど、相手が体調悪くなって...送ってから戻ったから、遅くなっちゃった。」
松原と会っていたこと、松原に聞いたこと、それを全て陣に話すかどうかを悩んだ俺は、『今はまだ』陣に話すことをやめた。
俺がそれを話したとして、陣が感じることはきっと『不安』だけだろう。
俺を疑って、俺のせいで悩むかもしれない。
それから自分の気持ちが落ち着いたタイミングでちゃんと話そう。
そう決めた俺は、陣に二つ目の隠し事をした。
玄関の扉を開けると、陣が用意してくれた料理のいい匂いがする。
それまで食欲なんて全くないのに、お腹が減ったと思えるくらい。
「...あーっ、お腹減ったぁ!」
「はいはい。もう出来てるぞ?」
「やったー!すぐ食べる!!」
食卓には俺のリクエストした料理が並んでいて、『俺が松原と会っている間に用意してくれた』と思うと胸がチクリと痛んだ。
「...いただきます」
「あ、待て。」
「え?」
「...25歳、いい一年になるといいな。」
「...ありがと...。」
陣の言葉が、陣の笑顔がグサグサと突き刺さるような感覚。
楽しみにしていた夕飯は、料理上手の陣の手作りでどれも居酒屋で食べるよりも遥かに美味しいはずなのに、何を食べても味が分からない。
罪悪感だけが渦を巻いて広がるのに、そんな俺に陣はケーキ代わりのデザートまで用意してくれた。
俺が口にした『甘くない抹茶アイス』、それは売っていなかったからと陣が昨日から作ってくれていたらしい。
「味わって食えよ?」
「...ん、美味しい...っ、」
「当たり前だ。俺が作ったんだからな。」
「...陣、ありがとう。本当にありがとね。」
忙しいのにここまでしてくれた陣に言った『ありがとう』、そこにはまだ理由が言えない『ごめんなさい』も気持ちも混ざっていた。
胸の苦しさを隠し、お風呂に入った後寝室に向かうと、陣は布団の上で寝息を立てていた。
『風呂に入ってから寝ろ』『ちゃんと着替えろ』
俺にはそう小言ばかり言う陣が着替えもせずに寝ているだなんて、俺がここへ通うようになったから初めてのことだ。
「...陣、陣」
「...ん...」
「着替えなくていいの?」
「んん......」
声を掛けても目を覚ます気配は無くて、忙しいのに面倒な料理ばかりリクエストしてしまったことを後悔する。
陣だって『主任』という立場で俺より仕事量は多いのに、帰ってから夕飯を作って片付けまでしてくれてるんだ。疲れだって相当溜まっているのだろう。
起こさないようにそっと布団を掛けて、まだ眠れない俺は一人リビングに戻った。
『21時から送別会です。』
リビングの時計を見ると、もう0時を回っている。
松原から受け取ったメモを広げ、その場所を見るとここから割と近い居酒屋で送別会は行われたようだ。
開始から3時間、もうお開きの時間だろう。
『会社を辞めました。』
『引っ越しもされるそうです。』
『最後にちゃんとお話しなくていいんですか?』
行くつもりなんて無かった俺の頭に残る松原の言葉。
...暁斗さんとは、もう会うことはないと思っていた。
でもそれほど離れた所に住んでる訳でもない、会社だって近いし、仕事絡みで顔を会わすこともあるかもしれない。
それを期待する訳じゃないけれど、『もしかしたら』と考えてしまうことはあった。
だけど、会社を辞めて引っ越しをするとなれば、偶然会うことなんてあり得ないだろう。
本当に、本当に暁斗さんとはもう会えない。
...別れたときもそう思っていたけれど、今度は二度と顔を見る可能性も無いってことなんだ。
そう思うと俺の心はグラグラ揺れる。
最後なら言いたいことを言ったっていいんじゃないか。
最後なら今日松原から聞いたことを暁斗さんに確認してもいいんじゃないか。
そうしたら、きっと、今度こそちゃんと陣のことだけを見れるんじゃないか。
寝室を覗くと、俺が布団を掛けた時と同じ体勢のまま目を閉じている陣の姿が見えた。
スヤスヤ眠る陣に、『ごめんなさい』と小さく呟き、俺は外に出る。
会える保証も話せる保証も無いのに、俺はメモに書かれていた居酒屋を目指して走った。
これが最後だから
もう陣に隠し事なんてしないから
何度も何度も、そう心の中で繰り返しながら。
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