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ーー優しくて、聞き上手で、料理もできて、仕事も出来る。 たまに意地悪だけど、そんな所にドキドキしたりして、俺が言葉にしなくても俺の気持ちを理解しているような、俺よりずっとずっと大人な人。 そう、勘違いしてしまったことが全ての始まりだったのかもしれない。 「はい、暁斗さんっ!ティッシュ!」 「ん...っ、」 「ねぇ大丈夫??」 「うん...。でもなんか...止まんない...」 やっと暁斗さんの気持ちと俺の気持ちが通じたあと、暁斗さんは俺の前で初めて泣いたのだ。 あの暁斗さんが、ポロポロ涙を流して、目を真っ赤にして。 こんな暁斗さんは見たことないし、さっきもすごく戸惑っていたし、とにかく今まで見てきた暁斗さんとは別人みたいでどうしたらいいか分からなくなる。 ...でも、きっとこれが本当の暁斗さん。 『頼れる大人』を作っても演じてもいない、素の暁斗さんなんだろう。 「あー...、これ夢なのかなぁ...」 「またそれ?違うって!現実っ!」 「でも...信じられない...」 「もぉ!さっきも言ったでしょ?俺は暁斗さんが好きだって!」 「...もう一回」 「暁斗さんが好き!!」 こんなやり取りはかれこれ三回目。 暁斗さんは二日酔いっていうのもあるんだろうけど、この状況を現実だと信じていないみたいだった。 ...それもそうか。俺だって本当は夢かもって思ってたりするんだもん。 あんなに辛かったのに、悲しかったのに、陣を傷付けて陣に背中を押されて、陣と別れてすぐに暁斗さんに気持ちを伝えたんだ。 それがこの24時間以内で全部起こった出来事なんだから、信じられない気持ちもよく分かる。 だけど何度も何度も確かめられるのは、信じてないと言われ続けるみたいでちょっと嫌で。 『これで信じてよ!』って気持ちを込めてキスしてみると、暁斗さんは顔を真っ赤にして黙り混んでしまった。 ...俺がこうやって何事も無かったかのように暁斗さんに好きだと言えるのも、キス出来るのも、全部陣のおかげだった。 暁斗さんが倒れてからすぐに弥生主任を呼んだけど何処にも居なくて、半泣きで電話を掛けたらどうやら外に居たみたいで、戻ってきたと思えば何故かそこに陣も居て。 別れたばかりだし、気まずくて言葉が出ないままどうしようかと考えていた俺に、陣は今までも何も変わらない態度と口調で言ったんだ。 『振ったのは俺。振られたのはお前。振られたお前が落ち込む必要は無いし、それにやっと自分の気持ちに正直になったんだからヨリを戻さなきゃ許さない。』 って。 俺が陣を好きになれなかったから、暁斗さんが好きだと気付いたからこうなったのに、陣はやっぱり優しかった。 だけど陣が許さないって言ってくれたから俺は暁斗さんに言えたんだ。 後回しにせず、ちゃんと今日この場所で、暁斗さんとまた付き合うことになったんだ。 「ねぇ暁斗さん」 「ん...?」 「俺、今度こそ暁斗さんのこと離さないからね。ずっと、ずっと。」 「...俺だって、ウザいくらいに離れないからね。もう何も隠さないって約束する。だから幻滅されてもずっと離れてあげない。」 「約束だよ?」 「約束。」 たくさん助けてもらって支えてもらった陣。 俺の本当の気持ちに気付かせてくれた陣。 そんな陣に胸を張って幸せだよって言えるようにならなきゃいけない。 陣には謝りたくて謝りたくて、何度もそうしようと思ったけれど陣に止められて結局ちゃんと言えてない。 だからこそ、俺は態度で示さなきゃいけないんだ。 『ありがとう』『ごめんね』『俺、幸せだよ』 って。 指切りをしながら暁斗さんに寄り添うと、なんだかとても暖かくて懐かしいあの心地よさが眠気を誘う。 暁斗さんはもう目を閉じていて、それを見たら俺の瞼もだんだん重くなって、ゆっくりと意識は遠退いていった。 ***** 「今頃どーしてるかなー?」 「寝てるんじゃないか?」 「え、そりゃないでしょ。」 「...そう予測して響の休みを申請していたのは誰だ?」 「...俺でーす。」 会社に着いて早々、喫煙所でタバコに火を着けるその2人は、通りかかる社員が目を疑う組み合わせだった。 それもそのはず、入社時期は同じだというのにとにかく気の合わない、タイプも正反対、犬猿の仲と噂される2人だったから。 「でもあれだな、本当に陣っていい奴だよなぁ。俺ここまでいい奴見たことない。」 「何処がだ?」 「弱った響を支えて、やっと付き合えたのに自分から手放すようなことするなんてさ。しかも響の気持ちを優先するとか...俺泣きそう。」 「...そうするしかなかったんだよ。響は俺と居れば居るだけ辛そうにするんだ。だから遅かれ早かれ京極さんのことは関係なく限界が来てた。」 「マジで?限界って?」 「俺はどうも世話好きみたいでな。構いたいし四六時中側に居たい。面倒みたいんだ。それを響は嫌がった。だからそもそも響は俺の運命の相手じゃなかったんだよ。」 「へぇ...。運命の相手、ねぇ。」 「だから気にするな。自分でも驚くほどに落ち込まないしショックだって受けていない。なんならスッキリしてるよ。」 「凄いねぇ、陣は。んじゃま、その運命の相手とやらに早いとこ出会えるといいな!」 「はは、そうだな。」 笑いながら喫煙所を出ていく2人のその姿は異様な光景で、朝から社内では2人が実は仲がよかったという噂が回ることになる。 そしてこの『運命の相手』はそれから1ヶ月も経たないうちに姿を現すことになるのだけれど...それはまた別のお話。

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