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Side AKITO ③
「えーっと...暁斗さん、もう大丈夫?」
「...いや...なんかもう...よく分からない...」
「横、座ってもいい?」
「う、うん...」
これは何かのドッキリなのか?
それともまだ夢?
そうとしか思えないくらいにふわふわした気分で、俺は横に座る響くんをただ黙って見ていることしかできなかった。
「あのね、暁斗さん」
「は、はい」
「...どうしたの?」
「ごめん...なんか...状況を整理できなくて...」
「はは、暁斗さんでもそんなことあるんだっ」
そりゃあ出来る訳がない。
俺は山元さんと賭けをしていて、響くんは山元さんと付き合っていて、俺は響くんに本音を伝えて、そうしたら響くんは俺にキスをして、それから山元さんは俺に『負けた』と言ったんだぞ?
その意味はつまり、つまりあれだ。
俺にとって都合の良すぎる話なんだ。
そんなの信じられる訳がない。整理もつくはずないし、変に緊張だってしてしまう。
「あのね、暁斗さん。俺も暁斗さんに話があります。」
そんな俺の横で、響くんは照れたように顔を赤らめながら話し出した。
「俺、暁斗さんの考えてたこと知らなくて、浮気してるって思ったんだ。松原さんと暁斗さんが部屋に居たことも知ってて、俺に何か隠してることも知ってた。だから暁斗さんが俺に嘘ついた、隠し事したって思って、それが嫌で別れようって言ったんだ。」
響くんが話したことは、俺が正に隠していたあの指輪の件で松原を部屋に入れた日のことだった。
まさか響くんが知っていたとは思わなかったけれど、バレないようにしていたことは事実。
俺が響くんを傷付けた最大の理由だった。
「それから陣と一緒に居る時間が増えて、嫌味ばっか言うけど自分の気持ちを隠さずに教えてくれる陣に、『暁斗さんを忘れられる』って期待した。だから...陣と付き合ってた。夏くらいからかなぁ。陣の家に入り浸って、アパートにはほとんど戻ってなくてさ。」
次に響くんが話したことは、あまり知りたくない山元さんとの話だった。
『気持ちを隠さずに教える』なんて、俺には出来なかったことで耳が痛くなる。
だけど響くんはそれも含めて俺に話してくれたのだ。彼が...山元さんがそうしたように、隠さずに山元さんと付き合っていたときの話を。
「陣を好きになろうって思って付き合ってた。暁斗さんを忘れたくて、もう泣きたくなくて。俺さ、すぐに暁斗さんのこと思い出しちゃって泣いててさ。弱いでしょ?...それで...色々あってだんだん陣と居るのが辛くなった。陣を好きになりたいのになれなくて、愚痴ったり一人になりたいって思ったりして。」
響くんは泣いていたんだ。
別れた俺の何を思い出したのかは分からないけれど、山元さんと付き合っていた間も俺を忘れられなかったんだ。
そう思うと、申し訳ない気持ちに混ざって嬉しいと思ってしまう自分がいた。
「で、昨日... 松原さんに送別会のこと聞いて、そのあと何故か弥生さんから連絡があって、酔い潰れた暁斗さんの話聞いて、帰ったら陣に色々言われて...俺、自分の気持ちに気付いたんだ。っていうより気付かされたんだ。暁斗さんの話聞いて、陣に誰と一緒に居たいかって言われて、ずっと押し殺してきた気持ちに素直になれって言われて。」
だけど次に出た響くんの言葉に俺は目が点になる。
俺の話を聞いた?さっきじゃなくて?
弥生が響くんを呼んだ?
嘘だろう、それじゃ響くんは俺の思っていたことを知っていて俺に全部話せって言ったのか?
「暁斗さん?聞いてる?」
「あ、ああ、うん。聞いてるけど」
「これから大切なこと言うからね?大丈夫?」
「だ、大丈夫。」
「本当かなぁ...。」
混乱している俺を更に混乱させるような事実。
もう頭は回らない。回っているのかもしれないけれど、いろんなことが一気に起こって何一つ状況を整理出来ない。
そしてこのあと『大切なことを言う』と言った響くんは、俺を更に混乱させるのだ。
「俺ね...別れる時も別れた後も、陣と付き合ってたときも、ずっと暁斗さんのことが忘れられなかった。ずっとずっと好きだって気持ちを消せなかった。」
「...え......?」
「俺は暁斗さんが好き。やっぱり暁斗さんじゃなきゃダメなんだ。」
「ひ...びき...く...」
「暁斗さんは俺のこと、まだ好き?」
ーーその答えを知ってるくせに、首を傾げてそう聞いてくる姿はまるで小悪魔のようだった。
自分のせいで傷付けて、悲しませて、悩ませて、たくさん泣かせたのに、それでも俺を忘れられなかったと言ってくれた愛しい人。
やっぱり俺じゃなきゃダメだと言われた瞬間、目頭が熱くなった。
何が何だか分からない、どうしてこんな状況になったのかは未だに理解出来ないけれど、唯一分かるのは目の前に居る響くんが俺に夢みたいな言葉をくれたということ。
俺が過去形にして、もう言うのは最後だと思った言葉をまた伝えてもいいと言ってくれてること...。
「...好きだよ...大好きだよ。響くんが大好きだよ...!」
「...ほんとに?」
「本当に。俺には響くんしか居ない。こんなに好きになれる人もこんなに愛しいと思う人も、響くん以外に居ない...っ」
「...じゃあ...俺とまた、付き合ってくれる?」
「...いいの?響くんをあんなに泣かせたのに...俺にまだそんな資格ある?」
「んー...もう隠し事しないなら、ちゃんと暁斗さんの本当の気持ちを教えてくれるなら、泣いたことはもう忘れる。」
「...教えるけど...すぐ弱音吐くよ?会いたいとか寂しいとか...嫉妬もするし束縛もするかもしれないよ?」
「いいよっ。隠されるよりマシ。無理なことは無理って言う。俺も隠さない、素直に言う!」
ニコッと笑った響くんは可愛かった。
またこんな顔を見れるだなんて思いもしなかった。
思い出す響くんは泣いている姿ばかりだったから、その笑顔が眩しくて愛しくて、堪えていたはずの涙がいつの間にか頬を伝っていた。
「響くん...っ、俺と、もう一度俺と付き合ってください...、」
「...はいっ!」
そう答えた響くんも、笑いながら涙を溢していた。
Side AKITO end
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