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Side AKITO ②
「暁斗さん?暁斗さん!!」
「...響...くん...?」
「弥生さん!陣!暁斗さん起きたよ!」
「...え...?」
まだ朦朧としている意識。
だけどハッキリ分かるのは、目の前に響くんの顔があるということ。
そしてその響くんが、弥生の名前の他に『陣』と言ったことだった。
「おー、そっかそっか」
「だから言っただろう。すぐに目を覚ますと。」
「でも!急に倒れるから心配でっ!」
「二日酔いだよ二日酔い。それに寝不足と疲れが溜まってたんじゃね?なぁ陣。」
「そうだ。...本当にどこかの誰かとそっくりだな。恋人はそこまで似るものなのか?」
陣という名前はどこかで聞いたことがある。
いや、正確には『見たこと』がある。
それはどこだったのか...その答えは響くんの横からニュッと現れた本人の姿を見てやっと思い出すことができた。
「大丈夫か?」
「っ!?!?や、山元さん!?」
「いかにも山元だが。」
「な、なんで!?ってか弥生!?響くん!?え?なんで!?」
「ははは、そんなに驚くか?あの京極さんがここまで驚く姿はレアなものだな。」
「は...?」
「ちゃんと説明する。もう意識はハッキリしてるか?」
「...は、はぁ...。」
『山元陣』
それは響くんの異動先の上司で、俺も何度か打ち合わせで顔を合わせていて、そして響くんの今の恋人だ。
その恋人が弥生の部屋に居て、そして俺を心配している...
やっぱり理解出来ない状況に、意識はハッキリしてきたものの頭はズキズキと痛んだ。
「響、ここに座れ。弥生、お前も。」
「うん。」
「はいはい。」
そして何故か家主よりも家主らしく振る舞う姿は更に俺を困惑させた。
弥生から聞いていた山元さんは、『ムカつくけど仕事が出来る営業マン』で、『仲良くなることはない』と言っていたはずなのに、名前で呼び合う二人。
一体何があったのか?もうそれを考える気力すら無くて、俺はまだ重たい身体を起こして壁にもたれるようにして座った。
「さて京極さん。響とちゃんと本音で話すことは出来ましたか?」
「...はい」
「それは良かった。...まぁ、ここまでして出来なかったら貴方は相当のクズだが。」
「はぁ?」
「失礼。...私がここに居る理由は分かりますか?」
「...全然。」
「じゃあ、私と貴方でしたあの話は覚えていますか?」
「...あの...話...」
「貴方が挨拶に来た日、私が言った賭けのようなあの話です。」
「...っ!」
あの日...会社を辞めることが決まり、最後の挨拶周りをしていたあの日、山元さんが俺に言った言葉。
今まで忘れていた、あり得ない話をこの時俺は思い出した。
「その答えが出たようなので、一応私も挨拶に来ました。意味、分かりますよね?」
山元陣が俺に響くんと付き合っていると言ったあと、プライベート丸出しの話をした。
それは彼にとって都合が悪く、そして俺にとっては夢のようなあり得ない話。
...そして最後に約束をした。
響くんの答え次第で、俺は仕事を含めて二度と響くんの前に姿を現さないと。
「響を貴方と話しをさせに行かせたのは、私です。ついでに言うならそうさせたのも私。まぁ初めから分かっていたことですけどね。響も貴方と同じでバカだから、素直になるまで時間がかかりましたよ。」
「...今サラッとバカって言いました?」
「ああ、失礼。」
「...別に...いいですけど。」
「とにかく。そういうことであの賭けは私の負けです。今度はちゃんと響を捕まえて置いてくださいよ?私も隙あらば狙うので。」
やけに饒舌に話すこの男の話すことがよく分からない。
響くんをここに来させたのは山元さん?
あの賭けは山元さんの負け?
それはどういう意味なのか?
...いや、待て。落ち着け俺。
今あの賭けは山元さんの負けだと言ったよな?
それはつまり、つまり......
「え...嘘...嘘だ...」
「はぁ?賭けの内容、忘れてました?」
「いや覚えてる!覚えてるけど...」
「信じられない?なら俺からも言いましょうか?あの賭けは響が誰と一緒に居たいか、誰が好きなのかをハッキリさせること。私を選べば貴方はもう二度と響の前に現れない。貴方を選べば私は別れる。でしたよね?」
「そう...だったけど...」
「私は貴方に話をしに行かせた。貴方から離すのではなく、貴方の所に行かせた。つまり私の負けだった。ここまで言えば分かるでしょう?」
「じゃあ...じゃあ、響くんは...っ!」
「...あとは二人で話してください。私もそこまで面倒見たくない。それに仕事に行かなきゃならないんでね。」
信じられない、でも信じたい...
山元さんの言葉の意味は理解出来たけれど、実感が湧かない。
「じーん。ちゃんと言わなくていいの?」
「え?ああ...。...京極さん、響を泣かせる毎に一発殴りますからね。」
「はは!陣こえーよ!...んじゃ、俺たちは働いてきますかねー。」
「そうだな。今日は送るぞ。」
「マジ?ラッキー!」
そして山元さんは顔に似合わない脅し文句を残し、仲良さげに弥生と二人で部屋を出ていった。
俺はその脅し文句すら頭に入らないくらいに混乱していて、やっと響くんの顔を見れたのは玄関の扉が閉まった音がした後だった。
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