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後日談3
「なんで、俺なんかに……」
「なんかとか言わないの。あなた組長に会ったんでしょ」
「飯、食わせてもらって」
「組長って直観的な人なのよ。あなたと話して、ビビッときたんでしょ。須藤さんは石橋を叩いて渡るタイプ。あなたの仕事ぶりを調べてから決めたのよ」
意外な言葉に佐和は目を真ん丸にする。あの夜、竜蛇とまともに話せてなんかいなかったのに。
「その顔可愛い」と、涼は笑った。
女っぽさは無いが、さばさばとしていて笑顔が魅力的な女だった。
「あたしも組長に拾ってもらったんだ。兄貴が蛇堂組のヤクザでね。今は刑務所の中だけど。あたしもいろいろあって、ボロボロんなってるとこ組長に面倒見てもらって」
涼は話しながら、廊下をしゃきしゃきと歩いた。佐和は慌てて付いて歩く。
「あたし一瞬だけクスリやっててね。ずっとじゃないよ。いろいろあって少しの間おかしくなってたんだ。組長に薬を抜く施設に放り込まれて、それから、兄貴がムショから出てくるまで仕事もらってんの」
エレベーターに乗り、上の階のボタンを押した。
「あたしが男娼の扱いとか、この仕事が向いてるってね。確かに組の男連中より向いてるわ。特に香澄。あいつに気を許しちゃだめだよ。香澄に惚れて小指を切るはめになった奴いるからね」
あははと笑った。
「ここがあなたの住む部屋ね」
エレベーターを降りて、角の部屋の前まで進み、涼は佐和を振り返った。
そして、鍵を差し込みドアを開けた。
「すげ……」
ここは高級マンションだ。3LDKの広い部屋には上質でシンプルな家具が置かれていた。佐和の住んでいるボロアパートとは大違いだ。
「冷蔵庫だとか、生活に必要なものは全部そろってるわ。スーツは明日、仕立て屋にサイズ測ってもらって。オーダーのスーツが出来るまでは既製品を買って着てね。当面のお金はこれね。後は必要なだけ自分のもの持ってきて。あ、お風呂はジャグジーとテレビも付いてて広いわよ」
「うへぇ」
分厚い封筒と部屋のカギを渡された。
「新しい仕事って、涼さんはどこに行かれるんですか?」
「敬語いらないよ。涼でいい。仕事っていうか、組長の犬のお世話よ」
「あ。保護したっていう犬ですね」
「自宅に連れて帰ったらしくてね。組長が居ないときに食事の世話をしに行くの。ここでの仕事ぶりを見て、あたしが適任だろうって」
男娼の世話と犬の世話……何が適任なのかイマイチ分からなかったが、竜蛇が随分と犬を可愛がっているんだなと思った。
「佐和さん。組長は一度懐に入れた人間は最後まで見てくれるよ」
「はい」
「道を踏み間違えた奴には、自分の手で始末をつけるの」
「……分かってます」
佐和は涼の目をまっすぐ見て答えた。
涼は「そう。じゃあいいや」と言って、今度は静かに微笑んだ。
「立ちんぼの男娼の客と違って、ここに来る客は政治家や地位の高い連中ばかりよ。男娼もプライドが高くて難しいのが多い。気を引き締めてね」
ぽんぽんと佐和の肩を叩いて、涼は部屋を出ていこうとした。
「もう行っちまうんですか?」
涼の背中に向かって、佐和は情けない声を上げた。
「大丈夫よ。ジャグジーでも楽しんで」
ひらひらと手を振り、涼は部屋を出ていってしまった。佐和はただっ広い部屋にぽつんと立ち尽くす。
───大出世だ。
男娼の取り纏めだと言っても、ここの客は涼の言った通り地位の高い人間ばかりだ。動いている金も桁が違う。
ヘマは出来ない。佐和は小さく呟いた。
「……頑張りますから」
ふと、子猫のようなしぐさの少年を思い出す。
あの夜、鉄平の相談を聞いて、鉄平と一緒にいた竜蛇の目に留まって、中華料理屋で竜蛇に気に入ってもらえて……
きっかけをくれたのは鉄平だった。
佐和は「鉄平くんは招き猫だったのかもしれない」と、ぼんやり思ったのだった。
end.
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