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順路最後の大型水槽の前に立つと、視界が青色で埋め尽くされた。
ずっと来たかった水族館。
約束の水族館。
海、車、父。
過去の記憶が蘇る。
千暁の目からぽろりと涙が零れ落ちる。
驚いた慎司がハンカチでそっと拭いてやるが、涙は次から次へと溢れてきた。
慎司は、目を赤くした千暁を車まで連れていき、冷えた飲み物を与えて、背を擦って髪を梳き、あとは千暁が落ち着くまで、詮索せず辛抱強く待っていた。
黙ったままの千暁に小さく断りを入れて、慎司は懐からメビウスを取り出した。
キンッとジッポを鳴らして紫煙を燻らせる。
夕日に照らされて煙草をくわえる横顔は、映画のワンシーンのようだった。
「…………迷惑をかけて、すみません」
「大丈夫か?男にだって泣きたいときはあるさ」
慎司は場の空気を払拭するようにカラリと笑った。
いつもより静かな帰りの車中、千暁は慎司に問い掛けた。
「慎司さんは、死にたいって思うことありますか?」
「……あるよ。きっと多くの人が一度くらいは思うんじゃないかな?」
「僕は“自分は独りだ"って思い知ると、死にたくなります」
「…………そう」
肯定も否定もせず、ただ受け止めてくれた慎司に安心し、千暁は自分のことを話し出した。
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