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第39話

駅裏の飲み屋街にある大きな広場。夏場になると、ビアガーデン会場ともなる広い芝生の周りには、沢山の屋台と人々が集まって賑わっていたけど。──肌寒い今の季節は、数店の屋台しか見当たらない。 その内のひとつ。 厚手のビニール製の仕切りに囲まれた屋台の中に入ると、湿気を含んで緩んだ生温い空気に包まれる。L字型のカウンターの半分から奥は既に数人のお客で埋まっていて、談笑しながらラーメンを啜っていた。 「らっしゃい!」 カウンターの向こうに立つねじり鉢巻き姿のおじさんが、元気な笑顔で迎えてくれる。 「おっちゃん。ラーメン2つ」 「はいよ!」 ハイジが注文しながら、僕をカウンターの端に座らせてくれる。 仕切りのお陰で寒くはないものの、時折吹き込んでくる冷たい夜風に足下が冷える。 「……リュウさんが」 店主から受け取ったお冷やとおしぼりを、僕の前に置きながらボソリとハイジが呟く。 「お前のこと、可愛い女だってよ」 「……え」 可愛い……? アパート前で、トンッと肩を押された光景が思い出される。 ガラス玉のような、無機質な眼──そんな素振り、全然なかったのに。 「変なの。……僕を、女の子と勘違いしてるのかな」 口角を少しだけ持ち上げ、そう返しながらも……思い出してしまう。 『この角度、アゲハに似てんな』──項に触れた指先。後ろから抱き締められ、激しく高鳴る鼓動がひとつに重なった時の……あの心地良い温もり。 「……」 ……馬鹿だ、僕。 もういい加減、吹っ切れちゃえばいいのに。 いま、僕の(そば)にいるのは、ハイジなんだから。 「バァカ。ンな訳ねーだろ。……なぁ、おっちゃん」 「──ヘイ、お待ちぃ!……って、え。何の話?」 突然振られた店主は、苦笑いをしながらも出来立てのラーメンをハイジの前に置く。 「コイツがさ、女に──」 「……っ、やだ!」 恥ずかしくなって。止めようと、必死でハイジの腕を両手で引っ張る。 振り向くハイジ。懇願するように見上げれば、その視線とぶつかり、ハイジの動きが止まる。 「……」 その眼が僅かに揺れ、大きく見開かれる。と、直ぐに顔を逸らされてしまった。 先程まであった明るい雰囲気はすっかり消え、その横顔が、不安げで少しだけ思い詰めた表情へと変わる。 「リュウさんが、……お前の事、気に入ったんだってよ」 「……」 「品定めすっから、『貸せ』……って」 ……え…… 掴んでいた手から、力が抜け落ちる。

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