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第40話

どんぶりを引き寄せたハイジが、箸立てから割り箸を取り出す。 ズズズ──ッ、 湯気の立ち上るラーメン。その麺を、音を立てて啜る。 「……」 ……品定め、って…… なに、それ…… その真意が解らず、背中を丸めてラーメンを無心に食べるハイジの横顔を見つめる。 「……戻れよ、あの家に」 「え……」 「お前が思ってる以上に、……もうこっちは、ヤベぇんだ」 突き放すような、淡々とした声。 僕の方など、見ないで。 「……」 残酷な言葉を突き付けられて、心臓が抉られるように痛いのに。……なんだろう。全身に膜が張られたように、実感が湧かない。 現実逃避、してるのかな。 やけにキラキラとして見える店内の照明も。コンビニのおにぎりではない贅沢な食事も。足下に吹き込む風も。くぐもって聞こえる雑音も。 まるで夢でも見ているかのよう。 僕自身が、何処かに浮遊しているみたい。 「……」 狭まっていく視界。 店内の明るさも。匂いも。足下の冷たさも。手足の感覚も。……自分の呼吸音さえ鈍くなって、全てが閉じていくように鈍くなっていく。 ズズズ──ッ カチャ、カチャンッ、 コト……、アッハハハ…… 突然。輪郭を取り戻したかのように、クリアになる音。 ラーメンを啜る音。カウンターの奥で、店主が洗い物をする音。コップの底がカウンターに当たる音。隣から聞こえる談笑。 「……」 夢、じゃない。 音がはっきりと聞こえた途端、全身に現実感が襲う。 『……戻れよ、あの家に』──鼓膜の奥で蘇る、先程の台詞。 ……何で、そんな事言うの? もう、面倒見きれなくなった? 嫌だよ、別れるなんて。 捨てないで。 僕を見捨てないで。一人にしないで。 僕にはもう、戻る場所なんて無いんだから。 「……っ、!」 喉まで出かかっているのに。上手く言葉が出てきてくれない。 確かに……僕がいるせいで、ハイジに迷惑を掛けてしまってる。 背脂が乗ったスープに沈む、細いストレート麺。 立ち上る湯気の向こうに、チャーシューや青菜、メンマ等のトッピングが綺麗に配置されていて。視覚的にも食欲をそそられる……筈なのに。 どんぶりの端に掛けられた蓮華を取り、スープを掬う。透き通った黄金色のそれを、そっと口に含むものの……味気なく感じられて。 喉につっかえていた言葉と一緒に、ごくんと飲み下す。

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